律の手を引いてまた生物準備室に舞い戻る。サンダルに履き替えるのももどかしく、勢いよく中庭に出た。そうして、早速探索にかかる。
「だ……だから、ないってば」
律は裏口から動かない。だが、口調はどこか弱々しい。
「ないかもしれないけど、あるかもしれないじゃん。ほら、自分じゃ気づかなかったことでも、他の人が見るとわかったりすることもあるでしょ?」
花音は花壇に近づき、白い花を端から確認していく。よく見ると、少しピンクがかっている花もある。土に差された園芸用ラベルには、ヒヨドリバナとフジバカマという名前があったので、二種類の花が混ざっているのだろう。
律はしばらくしぶっていたが、やがて用具入れの方を探し始めた。花音は引き続き、葉や枝をかき分け、地面を探す。
「あ、これじゃない? 律!」
「――えっ」
律が慌てて駆けつけてきて、花音が指さす方を凝視した。地面から5センチほどの高さに「ののはらい」と手描きで書かれたラベルが差してある。
内側寄りの、花をかき分けないと見えない場所だ。だが、花の植え替えをしていた律なら当然認識していたに違いない。
何も言わないので律を見やると、彼は
「えーと、ののはらいって、何だろうね? まずどこで切るのかな。の、の、のの、ののは……」
「――それ、『ののはらへ』って書いてあるんじゃ……。花音は、ののはらじゃないし、ののはらっていう別の人への、プレゼントって意味だと……」
放心状態だった律が平坦な声でつぶやく。それを聞いて、プレートをもう一度見直した。
「あー、確かにこの『い』って文字、つながっちゃっていて『へ』に見えないこともないね。『野々原へ』ってこと? ……でも、これは『い』じゃない? だってほら、『へ』だとしたら、後ろと前のバランスが悪いし」
「…………」
確かに、この文字は読みにくい。こんなふうに殴り書きっぽくなっているのは、律の目を盗んでの犯行だからだろうか。
「ええと、ちなみに、野々原さんて人が実際にいたりしたの? この庭と何か関わってたとか」
「……全然、聞いたことない」
「そ、そうなんだ……」
律はずっと、「野々原さん」にあてた植木のプレゼントだと思い込んでいたらしい。そういえば、この辺だけ微妙に間隔が空いている。一応、この周辺は手をつけずにいたのかもしれない。……どうやら、自然
律はだいぶショックを受けているようだ。
「ののはらい、かあ……。うーーーーーん……」
三十秒ほどの時間が経過した。
「――パス! 全然わかんない!」
「……早すぎるよ」
律が復活した。そのことに安心しつつも、花音はあっさりとさじを投げる。
「だって、今までの暗号だって、この学校についてよく知らないと解けない暗号ばっかりじゃない? 部外者のあたしがいくら考えてもさあ」
「それは、そうかもしれないけど……」
「ほんっとに、何考えてこんなの作ったんだろ。そんなにあたしにこの学校に入って欲しかったのかな。……確かに、中学生の時とか、そんな話は聞いたけど」
六星花学園は特待生制度が充実しており、選考基準は学力だけでなく芸術方面も含まれていて幅広い。特待生になれれば学費は免除されるし、実家が遠い生徒は寮に入ることもできる。裕福ではない家の花音にも、入学する可能性がなかったわけではない。
けれど、花音は受験しなかった。それを彼女の父親も知っていたはずだ。それなのになぜ、この場所に、このような暗号を残したのか。
「……まあ、いいか。とにかく正攻法じゃ無理だから、逆算して考えてみようかな。特別教室の方は結構まわったと思うんだよね。あとは何があるかな――。あ、そういえば、食堂にも暗号があったんだから、食堂をあらわす暗号がどこかにないといけないんだよね? ののはらい、と、食堂……? うーん……」
「……もしかして、『の』のはらいってことかな……?」
黙って聞いていた律が口を開いた。
「この校舎、形が数字の六とか九にも見えるから、教室の位置を文字とか記号であらわしたりするのが、一時期
「え? どんなふうに?」
校舎の地図を思い浮かべられない花音のために、律が地面に枯れ枝で線を引く。
「簡単に書くとこんな感じ。デジタル表記の数字に似てる。六の始まりとか、九の付け根とか、たぶん、そんな感じで教室をあらわしてた」
となりにもう一つ、数字の六を横にしたような線を引く。
「それで、この形を回転させるとこう。ひらがなの『の』にみたてることもできる」
花音の正面から見るとちょっといびつな「の」の字になる。「の」の輪になる部分には、花音が隠れていた図書室が位置しているという。
それで、肝心の「はらい」には何が来るかというと――。
「一階、二階、三階とあるけど、たぶん、一階の食堂だと思う。他の階だと、物置みたいな準備室だったり、普通の教室だったりするから」
「そっかあ。じゃあきっとそれだね! これで食堂と繋がって、次に示していた場所は――」
「「図書室!」」
二人の声がそろった。顔を見合わせて、小さく笑う。
謎解きを始めてから、かなりの時間が経っていた。
二人とも、そろそろ終わりだと信じていた。