律は階段のすぐ下で待っていてくれたので、あっさり見つけられた。花音の姿を認めると、背中を向けて口を開いた。
「……ごめん。嫌な思いさせたでしょ」
「えっ?」
思いがけない言葉に、花音は驚く。ゆっくりと歩き出す律の後を、ためらいがちに追う。
「僕と一緒にいると、外野がうるさいかも。本当は、案内するのも、僕じゃない方がいいんだけど……」
どうやら、花音に迷惑をかけるのではないかと気に病んでいるようだった。
「そんな! むしろ、律じゃなかったら案内してくれるどころか、今頃は外につまみ出されて終わりだよ! 嫌な思いなんか全然してないし!」
花音は慌てて律の懸念を否定する。
漏れ聞こえてきた律の事情。ほぼ初対面の花音が踏み込んではいけない領域に思えた。花音が感じたものを言葉にするならば、それは嫌な思いではなく、そこにかすかでも触れてしまったことに対する気まずさだ。
「それより、ここまでつきあってくれる方が驚きだよ。授業をサボってでもやりたいこと、あったんだよね? あたし、邪魔してるんじゃないかな」
「……そんなことない。僕が言い出したことだから」
だが、そう言って律は足を止めた。花音を振り向く。
「……でも、少しだけ、時間もらっていいかな」