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第6話

 薄暗い部屋だった。机と椅子は脇に追いやられ、普通の教室としては使われていないことが見て取れる。

 中央付近にまで歩を進めたとき、律が照明のスイッチを押した。周囲を見渡して、花音は息を呑んだ。


 大中小、様々な大きさの写真が、四方の壁すべてを覆い尽くすように大量に貼られている。


 東側の壁には人物を撮った写真がこれでもかというくらい飾られており、南側には風景を切り取った写真が、その隣は動物、そして最後の壁は、星空の写真でぎっしりと埋め尽くされている。

 窓がない部屋だから暗かったのだ。いや、もしかしたら写真で隠れているだけなのかもしれないが、隙間がないのでその形跡も見えない。


「うわあ……」


 ようやく声が出ると、律が視線だけで頷いた。


「写真部の部室。結構力を入れていて、展覧会とかで賞も取ってる」

「すごい……」


 花音はしばらく教室の真ん中に立ち尽くしていた。作品で作り上げられた一面の壁には畏怖いふすら感じてしまう。やがて、覚悟を決めてその中の一つに近寄ってみる。


「――うわあ、これとか、すごい鮮やかな色……! CGじゃないんだよね!? こんな景色、現実にあるんだ!」


 一気にテンションが上がってすごいすごいとはしゃぐ花音を尻目に、律はきょろきょろと視線を巡らす。


「わー、これもきれい! ……ん!? ね、ねえちょっと、あの辺、外国の写真じゃない!?」

「え? あ、うん」


 律は雑多に積まれた機材を動かしながらも、花音の質問には律儀に答えてくれる。


「合宿は、毎年海外らしいから」

「なんだって!?」


 花音は思わず目をむいた。

 ここまで見てきた廊下などの内装は、花音の通う学校ともさほど変わらない簡素なものだった。それ故、金持ち学校という実感がまだわいていなかったのだが、お金をかけているところが違ったらしい。


「でも、色々ノルマがある。写真部のノルマは、展覧会には必ず毎回出品すること。合宿では一日百枚以上撮ること。そして、一人一枚、この壁に星空の写真を貼ること……だったかな」


 さすがに無条件というわけではないようだ。しかし、妙なノルマではある。

 律が探していたのは脚立だったようで、壁際に持ってくると、その上に乗った。そして、中央に貼られたひときわ大きい写真を壁からはがす。


「わっ、取っちゃっていいの!?」

「ここのはどれも自由に見ていい写真だから。……それに、これ、ずっと前からここに貼ってあるんだけど……」


 律が渡してくれた一枚を見る。暗号にあった、北斗七星の中の七番目の星が中心に映っている写真だ。だが、そのアルカイドをじっくり観察してみても、何の変哲も感じられない。


「どう?」

「んー……。いや、何も……、あ」


 写真を律に返そうとした時、その裏の文字が目に入った。撮影者の名前、クラス、撮影場所と日付の他に、明らかに別人の筆跡で、文字が書かれていた。

 二人一緒に見える位置に写真を掲げる。


『卵♪

 りんご♪

 ミルク♪

 バター♪』


「――デ、デザート!?」

「なにが」


 冷静に律がつっこむ。


「だ、だってこれ、何かのレシピっていうか……。お、おいしそうじゃない!?」

「たぶん、これも暗号でしょ」

「えっ……」


 こともなげに言う律を、花音は愕然がくぜんとして見つめた。


「ってことは……、まだ続くってこと!?」

「……そうじゃない?」

「――っ」


 花音は手元の写真に視線を落とした。

 せいぜい十分、いや三十分もあれば終わると思っていたから忍び込むなんて方法をとったのだ。これでは予定が狂ってしまう。滞在時間が長くなれば、それだけ他校生だとばれやすくなるし、そんな危険を冒すだけの理由が自分にはあるだろうか。


 花音は写真を持つ手に余計な力が入らないよう注意しながら、思考をめぐらす。


「……どうするの。やめる?」


 律に聞かれて、花音は口ごもった。けれど、自分に言い聞かせるようにゆっくりと答える。


「……いや。最後までやる。途中でやめたんじゃ、わざわざこんな山の中まで来た意味ないし!」

「……わかった」


 律はそれだけ言うと、白衣の袖を口に当てて考え込む。

 どうやら彼もつきあってくれるらしい。正直に言えば、一人でこの暗号に取り組むのは勘弁して欲しかったので、花音は胸をなで下ろした。意外と面倒見がいい彼のためにも早く終わらせようと、気合いを入れて写真を見直す。


 ――しかし、この愉快そうな言葉の羅列に意識が引っ張られてしまう。


 いつの間にか花音は、この食材で何が作れるのか真剣に悩んでいた。


「ホットケーキ……、アップルケーキ……、フレンチトースト……、アップルカスタードパイもいけるか?」

「……花音。おなかすいてるの?」


 目を閉じて思考していた律が、仕方なさそうに目を開けた。


「うう……。だって、やっぱりレシピに見えるんだもん。買い物リストっていうか……。だからつい」

「リスト……?」


 律の眉がぴくりと動いた。


「音符に、リスト……。ピアニストのフランツ・リストってこと? ……まさかこれ、だじゃれ?」

「だじゃれ……?」


 二人は、微妙な空気のまま、音楽室へ向かうことにした。

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