「――えっ?」
花音の頭の中が一瞬、真っ白になった。
「うちは一組、二組じゃなくて、A組、B組って呼ぶから」
「……え、や、嘘でしょ!? そんなわけない! だってこれにちゃんとそう――……!」
花音は慌ててブレザーのポケットから手帳を取り出す。焦りながらめくっていると、横から律ものぞき込んできた。
「――あった! ほら、これ――」
指さした先には、花音がメモした一文が、大きくはっきりと書き込まれていた。
『六星花学園、四年三組の最後の星』
「ねっ? ほら、間違いない――、いや、違う!?」
「……四年、三組」
律が冷めた口調でつぶやく。
六星花学園高等学校は、例にもれず三年制の高等学校である。
学年とクラスの数字の取り違えに気づき、花音は頭を抱えてしゃがみ込んだ。
高校は三年までだから、無意識に三年四組だと思いこんでしまったのだろう。それに、もし「三年四組」なら、アルファベット四番目のD組をそう読ませるという可能性も考えられたが、「四年三組」となるとそうもいかない。
恥ずかしさとショックのあまり、口からうめき声が漏れる。
「はああああたしってばあああ……」
せっかくもぐりこんだのに全てパア。調べたことも買った物も全部無駄。自己嫌悪にさいなまれ、律が何か言っているのに頭に入ってこない。
「これ、書き写したもの? 写し間違いの可能性は」
「ああああああああ」
「最後の星っていうのも、よくわからないけど……」
「はああああああ」
「……花音」
もだえる花音にしびれを切らした律が手を伸ばす。手帳を奪い取られて、花音は悲鳴を上げた。
「ああっ、やめて! それには乙女の秘密が!」
「……これ、暗号か何かじゃないの?」
「……へっ?」
聞き慣れない言葉に、花音の口から突拍子もない声が出た。気を取り直して、えいやっと立ち上がる。
「暗号なんて、まさかそんな。……たぶんあたしが、同じ名前の大学とか小学校と間違えたんじゃないかなあ?」
「それは
律はもう一度文面を確認してから手帳を花音に返した。
「でも、お父さんが勧めてたのは、ここなんでしょ。なにかヒントみたいなこと、言ってなかった?」
「ヒント? さあ……。だって、子どもの頃以来会ってないし」
花音はそれでも記憶を掘り起こしてみる。すると、一つ思い当たる節があった。
「ああ、そっか、暗号。暗号、ね……。そう言えば、自称冒険家だったよ。あの人」
「……は?」
苦笑いをしながら言うと、律がいぶかしげに聞き返してきた。
当然の反応だと思うが、冗談ではない。花音だって、学校で父親の職業を答えるたび、馬鹿にされるか笑われるかで、とても恥ずかしかったのだ。
「自称、だけどね。まあ、そんなだから、ほとんど家にも帰ってこなかったし、数えられるくらいしか会ったことないんだ。離婚してからは一度も会ってないしね。だから、何考えてるかなんて判らないけど、暗号とか、やりそうではあるよね」
「……この言葉は、どこで?」
「父親からの手紙みたいなのに書いてあった。三年四組の教室に行きさえすれば、その最後の星ってのもすぐわかると思ってたのに……」
もし本当に暗号だったら、どうすればいいのだろう。暗号なんて解いたことも考えたこともない花音は、途方に暮れそうになった。何とはなしに上を向くと、本棚にぎっしりと詰まっているたくさんの本が目に入った。