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第3話

 六星花ろくせいか学園。

 街の中心地から離れた森の高台にある私立高校だ。


 常軌を逸した金持ちが創設した学校で、風変わりなカリキュラムが組まれており、生徒達も変わり者が多いと聞く。

 目の前の少年も、そのうちの一人なのだろう。

 彼は、視線を上から下まで移動させて、花音の全身を観察した。


「最近、ストーカー被害の相談が多いっていうけど、まさか――」

「ス、ストーカー!? ちょ、ちょっと待って! あたしは、天宮花音っていって、ちゃんとした高校生で……!」

「……ちゃんとした?」


 うさんくさげな声を正面から浴びせられ、花音は顔を引きつらせた。


 少年の無表情からは何も読み取れない。しかし、不審に思われていることだけはばっちり伝わってくる。適当な言い訳で見逃してもらえるような雰囲気ではなく、花音は事情を話してわかってもらえる可能性にかけることにした。


「あのね、ちょっと込み入った話になるんだけど、聞いてくれる? 実はあたし、一週間後に日本を発つことになってるの!」


 不信感を力まかせに押し切る勢いで説明する。


「だけど、いきなり、随分前に離婚した父親から連絡があってね。この学校に何か隠したらしいんだ。それをあたしにくれるって。最初はそんなの、無視しようと思ったんだけど、いざ日本を離れるとなると、放っておくのも寝覚めが悪いかなって考えるようになって。だから、確認だけでもしておきたいの。こっそり入ったのは悪かったけど、あたしはここの生徒じゃないし……」


 花音だって最初から忍び込もうと考えていたわけではない。見学の申請を出そうにも、学校関係者か入学希望の中学生しか学園側では受け付けていなかったのだ。仕方なく、フリマサイトで制服を一式そろえ、登校する生徒に混じって忍び込んだのである。

 無言で見つめてくる少年の結論を、気をもみながら待つ。やがて、彼はゆっくりと口を開いた。


「……なんで、この学園に?」

「ええと、それは、わかんないんだ。でも、そういえば高校受験の時、やたらこの学校勧められた気がする。なんか不自然だったから、あいつの差し金だったのかも」

「…………」 


 花音は父親のことを思い出して舌打ちをした。それを見た少年は、数回、瞬きをしただけで、あとは何の反応もしない。信じてくれたのかは判らないが、即連行されなかったことに希望を抱いた花音は、ここぞとばかりにたたみかけた。


「お願い! 別に悪いことしようとしてるわけじゃないの! 用事が済んだらすぐに出ていくから、見逃して!」

「……不法侵入が、すでに犯罪……」

「それはまあそれとして!」


 平身低頭して拝み倒すと、花音の読み通り彼は折れた。


「……本当に、悪いことはしない?」

「うん、迷惑はかけないから!」

「用事が終わったら、帰る?」

「うん、それはもうおとなしく!」

「……わかった。通報するのはやめる」

「! やったー! ありがとう!」


 目を輝かせて飛び上がり、勢いのまま彼の手を握って上下に振った。それから意気揚々と図書室の出口へ向かうと、なぜか彼が後ろからついてきた。


「……あの?」


 怪訝に思って首をかしげた花音に、少年は簡潔に答えた。


「通報はしない。けど、あんたが本当に悪いことしないか、監視する」

「ええ~っ!?」


 信用してくれたのかと思いきや、しっかり疑われているらしい。

 花音が不満を訴えると、少年は「ちょっと待ってて」と言って姿を消した。そしてすぐに何かを持って戻ってくる。


「これ履いて」


 少年が差し出したのは、彼が履いているのと同様の内履きだった。反射的に、自分の足下へ視線をやる。


「うちの生徒はスリッパは履かない。体育の授業とかできなくなるから。忘れてきた場合は貸し出し用の内履きがあるんだ」

「! だから、あたしが、ここの生徒じゃないって――……」


 制服と外履きはネットで購入したのだが、内履きをそろえるのを失念していた。よって花音は、玄関に置いてあった来客用のスリッパを履いていたのだが、それが彼に違和感を与えていたのだろう。一目で部外者だと看破された理由が判明した。

 さっそくスリッパを履き替える。少年がほっとしたように息をついた。


「ちょうどみたいで良かった。これしか残ってなかったから」


 木訥ぼくとつとしたしゃべり方と無表情のせいでわかりにくいが、悪い人ではないのだろう。花音は礼を言おうとして、名前を知らないことに気がついた。指摘すると、彼はほんの少し目を見開き、口元に袖口をあててつぶやいた。


「ああ……言ってなかった。栗山くりやまりつ。栗の山に、法律の律。二年B組」

「へえ~。律って、かわいい名前! ……って、二年って、タメじゃん! ね、りっちゃんって呼んでいい?」


 飛び跳ねながらそう言うと、栗山律はじろりと横目を向けてきた。

怖い。


「……すみません。調子に乗りました。よろしくお願いします、栗山さん……」


 花音は想定以上の衝撃を受けて落ち込んだ。かわいい顔でにらまれると、こんなにも大ダメージを受けるものなのか。

 わかりやすく肩を落としていると、律は呆れたのか、溜息をついた。


「……律でいい」

「えっ? あ、ええと……じゃあ、律く――」

「それで、花音。どこへ行けばいいの?」


 いきなりの呼び捨て。

 堅苦しいのかフレンドリーなのか判らない。戸惑っていると、律がせかした。


「すぐに用事を終わらせて、すぐに帰るんだよね?」

「え、あ、ご、ごめん、えっと……、そうそう、三年四組に行きたくて」

「三年四組?」


 律は、踏み出しかけていた足をぴたりと止めた。


「そんなクラス、ここにはないけど」


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