住宅街にある小さな公園の中には誰もおらず、しんと静まり返っていた。
周囲は夕闇の青色に溶け込んでしまい、たった一つある街灯がベンチの側で
明らかに先輩は怒っていた。最低限のセリフしか口にしないし、目を合わせようとしない。
それだけのことをしたのだとわかっている。万引きは単独ではなく集団で行われる場合もあるし、反撃される可能性もあるから、その現場を見つけても決して一人では声をかけないのがセオリーだ。人目があったとはいえ、亜樹先輩がいなければ、この程度のケガでは済まなかっただろう。
反省はしているが、あの場で説教を受けるにはいかなかった。
別にうやむやにしようとしたわけではなく、この件が
しかし、そのせいで私を叱責するタイミングを奪うことになってしまった。先輩としては、女の顔に傷をつけた相手を厳しく追及できなかったことにも、腹が立っているようだった。
とにかく、心配をかけてしまった自覚はあるので、素直に謝罪を口にする。
「申し訳ございませんでした。軽率な行動でした」
「…………」
先輩は私の前に立ちながら、斜め下から視線を動かさない。
「別に……、謝ってもらう必要はないけど」
「いえ。ご迷惑をおかけしましたので」
「…………」
深々と頭を下げると、散々ためらった後にようやく、すねたような口調でつぶやいた。
「迷惑じゃないけど……心配、しました」
「はい。すみません」
先輩は言いたいことが百くらいあるような困った顔で、髪をかき上げた。やがて、体中の空気を全てはき出すような溜息をついた。
「……先輩?」
「いや、なんでもない。……俺ってホント、弱いなって思っただけ……」
亜樹先輩は苦笑すると、首を横に振り、いつもの声音に戻って尋ねてきた。
「それで? ……何で、あんなことをしたの? 危ないってわかってたんだよね?」
「……功を焦ったといいますか、血気にはやったといいますか……。いえ、違いますね。自分の至らなさを痛感して、やけになっていただけです」
あの一瞬、本気で自分に絶望した。もう、何をしても無駄だと思ってしまった。そうして自暴自棄になった。
いつもならば、もっと冷静に状況を分析して、最善の方法を考えたはずなのに。
「……三澄さんでも、落ち込むんだ?」
先輩は不思議そうに首をかしげる。
「当然でしょう。ただでさえあんな人が側にいるんですから」
私を副会長に任命した理由。それは、私が会長を嫌っているからだと彼は言った。
正確な意図はわからない。が、考えられるのは、自分を戒めるため。あるいは、様々な意見を集めるためか。
私なら、
副会長を指名されて以来、何度も辞任しようとして、そのたびに会長に止められた。嫌がらせなのだと思っていた。勝者の余裕を見せつけて、私をあざ笑っているのだと。
そうであれば、精神レベルが同じだと安心できた。だから私も敵意を返せたのだ。
それなのに、会長から不当な評価をされたと思ったら、裏切られた気分になった。私がどれだけ嫌ったとしても、会長は
彼には完璧を求め、そうでないことに安心し、見下す。私は、彼にも自分にも甘えていた。
――これもまた、会長と自分の差。
自分は小物だ。小物で、平凡だ。度量の小ささを、思い知らされた。
「……でも、生徒会長になるのは、諦めないんだよね?」
「…………」
私はその言葉の意味を計りかね、しばし考えた。しかし結局、思ったままのことを口にする。
「私は、会長になれる器ではないのかもしれません。会長のことはまだしも、役員のみんなのことも、信用していなかったのだと気づかされました」
きっと、私に一番足りなかったのはそれだった。私は自分にしか興味がなくて、周りをよく見ていなかった。だから、簡単なことにも気づけなかった。
自分で自分は見られないのに。他人を通してしか見えない自分もいるのに。
けれど……。
一度下を向き、自分の意思を確認する。殴られたからというと
「……ですが私は、向いているから、会長に立候補したわけではありません。会長――一城生徒会長になりたいわけでもなく、私は私で、やりたいことがあるからそうしたんです。自分よりもっと向いている人がいるからと、そこで止まっていたら、何もできませんから」
そしてやっぱり、会長は天敵なのだ。自分を省みた後でも、そこは全然変わらない。
「……やっぱり、三澄さんは強いね」
「……え?」
しばらくしてから、ぽつりと、先輩がつぶやいた。
私は首を傾げる。
なぜ、そんな感想が出てくるのだろう。今まさに、そうではないところを目撃したはずなのに。