なぜここに。
思考停止している間に、先輩は、私を囲む輪の中に突っ込んできた。そして、私をかばうように背を向けて立ちはだかり、一喝する。
「何をしてるんだ!」
普段の彼からは想像もできないくらい、迫力のある声だった。万引き犯達はその勢いにひるみつつも、線の細そうな外見に安心したらしい。目配せをして対象を先輩に定めた。
「一対多で卑怯だろう。しかも、女の子相手に手を上げるなんて、男の風上にも置けないと思わないか!」
先輩は完全に頭に血が上っているらしく、古めかしい言葉で怒りを表している。
空手部だから、普通の人より腕に自信があるのだろう。が、それでも一度に三人の相手は無茶なはずだ。
大体、部活の試合と実戦は違う。私に一言も言い返せないような気弱な人が、ケンカなんてできるのか。助けに来てくれたのはありがたいが、不意を突いて一緒に逃げる方が得策だったのではないだろうか。
だが、その心配は
一人目の学生が殴りかかってきたのをかわしたと思いきや、その生徒は悲鳴を上げて地面に沈んだ。
先輩はほとんど動いていない。片手で手首の辺りをつかんでいるだけだ。
詳しくは知らないが、人体には強く指圧されると立っていられないほどの激痛を引き起こす場所があると聞いたことがある。無造作につかんでいるように見えて、正確な位置に指を押し当てているのだろう。
亜樹先輩は騒ぎを聞いて駆けつけた店員に彼の身柄を引き渡すと、二人目三人目も同じように取り押さえ、野次馬らしき男性達に後をゆだねる。
あまりにもあっけない展開に、私は見ていることしかできなかった。
野次馬達も、何が起きたのか理解していない。私が我に返ったのは、息一つ乱していない亜樹先輩が、こちらへ足を踏み出したのがわかったからだ。私を見る目がつり上がっている。
ああ、これは――雷が落ちる。
「三澄さん! 君――」
言いかけたところを遮るように、私は声をかぶせた。
「――先輩、急いでこちらへ!」
有無を言わせず、腕をつかんで走り出す。
ごまかそうとしたわけではない。この場へ長居するのが得策ではなかったのだ。
店員達が呼び止める声と亜樹先輩の驚いた声を背に、私は猛スピードで大通りを駆け抜けた。