目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
第14話

「よくもやってくれましたね……!」


 会議終了後からだいぶ時間が経っていたため、生徒会室に残っていたのは会長一人だけだった。彼は私の訪問を予期していたらしく、読みかけの本を机に置いてにっこりと笑った。


「やあ、おかえり、三澄さん。部活巡りは終わったの?」

「全部、あなたの策略ですか、会長!?」


 遠慮せずににらみつけると、彼は苦笑いをしながら頬をかいた。


「人聞き悪いなあ。もし巡回業務のことを言ってるんだとしたら、僕が止めるのも聞かずに飛び出していったのは君の方だろう?」

「――それもこれも、あなたが仕組んだんでしょう!?」


 ようやくわかった。

 私の性格と目的を正確に把握していた会長は、私の目を予算会議からそらすために、巡回業務というエサをちらつかせたのだ。

 先生から書類を受け取った場面を見せたのは、おそらくわざと。さらに、そのメンバーとして海野を想起するようにさせたのもわざとだ。


 なぜ、そこまでして。


 理由を考えたら、チクリと胸が痛んだ。


「私が……邪魔だったからですか? 予算案決議の妨害をするのではないかと疑って、それで――」

「それは違うよ」


 だが、これ以上ないくらいきっぱりと、会長は否定した。


「三澄さんがそんなことするわけないでしょう。君が生徒会を大切にしていることは、ちゃんとわかってる。それに、君を巡回業務に振り分けたくなかったのも本当。ただ、隠していても勝手にかぎつけて飛び出していくのはわかっていたし、それならばまあ、できるだけ安全なペアで、とは思ったけど」

「……やっぱり、仕組んだのは本当なんですね」

「あ」


 会長がわざとらしく舌を出した。ここにいるのが会長ファンの女子だったら、そのあざとい仕草に色めき立つところだが、私に関して言えば、眉間のしわを深くする効果くらいしかない。


「ごめんね。騙したのは悪かったよ。予算の方も、実は、バスケ部については目処めどが付いていたんだ。鈴城先輩って、心を許した相手には、めっぽう弱い人だから」

「……は? それは、どういう――……」


 沸騰しかかった頭の中で、今の会長の言葉を復唱する。

 バスケ部の部費。心を許した相手。

 ――鈴城すずしろ 葉琉はる部長、そして、その兄弟である亜樹先輩の顔が浮かんだ。同時に、いろいろなことが腑に落ちる。


(まさか……!)


 会長はいたずらっぽい笑顔を浮かべている。


「……誠意が聞いて呆れますね。幼なじみだろうと、先輩だろうと、容赦なく利用するなんて……!」

「それ、三澄さんにだけは言われたくないんだけど……」

「ということは、バスケ部以外もそうなんですね。例の演劇部のときのように、会長が裏工作をして――!」


 演劇部が部費削減を快く了承したのには裏がある。

 彼らはこの政策に賛成する対価として、会長にコスプレをするよう要求したのである。猫耳コスプレ姿の会長の写真を売って部費の足しにしたらしく、むしろ削減前より大幅アップしそうだと喜んでいた。


「演劇部百人で一斉に土下座って、数の暴力ってやつだよね……」


 その時の情景を思い出したのか、会長は遠い目をしてつぶやいた。

 箝口令かんこうれいを敷くことと販売先リストを厳重に管理することを条件に、会長はこの要求を呑んだらしいので、割と本気で嫌だったのだろう。しかし、以前ノリノリで仮装していたこともあるし、それと何が違うのかよくわからない。


 私が相槌あいづちも打てずに黙っていると、会長は気を取り直したように続けた。


「だけど、他は違うよ。みんなが毎日頑張っていたのは、三澄さんも知ってるでしょう? 君の資料も参考にさせてもらって、みんなで各部の状況を分析して、最適な予算額を算定したんだ。あとは、一人一人、誠意を込めて説得しただけ」

「……そんなことで、納得するわけが」

「納得してくれたんだよ」


 会長は屹然として言った。


「逆に聞くけど、三澄さんは、みんなには無理だと思ってたんだ?」

「……っ!」


 だって、そんなの、当たり前だろう。会長に聞かれるまでもない。どの部だって、部費の獲得には必死なのだ。生徒会役員のうちの誰を想定しても、そんな交渉術があるとは思えない。


 しかし……。

 みんな、やり遂げたのだと言う。会長も、彼らを信じた。信頼して任せたのだ。

 信じていなかったのは、私一人。


 会長が立ち上がって近づいてくる。私は後ずさりしそうになる足を押しとどめ、無理矢理彼の目を見つめ返す。ほとんど残っていない、口の中のつばを飲み込む。


 何か一言でも、言い返せたら。

 ――しかし、口からこぼれたのはまたもや質問だった。


「……なぜ、私を副会長に任命したんですか」


 返答によっては、この場で辞任しようと思った。怒りを言葉にしてたたきつけて、会長の目の前から消え去ろうと。

 だが、同時に、恐れがよぎった。

 私には判らない、気づいていない、何かがあるのだろうか。

 生徒会長選挙で圧倒的大差をつけられた敗者、自分に対する敵意を隠そうともしない相手を、側においておく意味が。


 声が震えたのに気づかれただろうか。会長は、少し考えるような仕草をした後、笑うでもなく、怒るでもなく、事実を告げるだけのように淡々と答えた。


「なぜって、それこそ単純なことだよ。――三澄さんが、僕を嫌いだから」

「――……!」


 今度こそ、何も言えなかった。

 立ち尽くした私を置いて、会長は部屋から出て行った。私は遠ざかっていく彼の足音を、呆然として聞いていることしかできなかった。


コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?