声を荒げないようにするため、強く息を吐いた。
「逆におたずねしますが、先輩なら、どう思われますか。あんなふうに何でもできる人が身近にいて。……例えば、葉琉先輩とか」
「――っ」
亜樹先輩が息を呑んで私を見つめた。しかし、傷ついたような顔をしたのは一瞬で、すぐに何でもなさそうな表情を上書きする。やはり、慣れているのだろう。
だが、言いすぎた。取り繕い慣れた先輩が思わず感情を
嬉しそうにクレープを買っていく女子達の顔を、オレンジ色の光が照らす。今日も何事もなく三十分が終わる。
一日を罪悪感でしめたくなくて、私は口を開いた。
「……話を戻しましょう。文化祭の件でしたね。確かに、生徒会で何か出し物をやろうという話はでています。けれど、私は反対なんです」
「え……、どうして?」
「去年の文化祭を覚えていらっしゃいますか? 去年まで生徒会は、実行委員と協力して、当日の見回りを担当していました。完全に裏方です」
「……うん」
「生徒の自主性を重んじる校風というのは、生徒会活動が活発なことと同義ではありません。私が思う生徒会は、様々な行事を主導したり、何にでも口を出すようなものではなく、あくまで縁の下の力持ちのような……。簡潔に言えば、生徒会は目立つべきではないと考えているのです」
今回の予算会議に関してもそうだ。全ては会長の提案から始まった。
――愛好会を含め、全ての部へ配分する部費の下限を、大幅に引き上げる。
どんな弱小部であろうと、まともに活動をするには一定の金額が必要だというのがその理由。
学校で部費として確保できる財源は毎年ほぼ同じである。相対的に、今まで高額な予算を得ていた部が減額されることになる。そういった不利益を被る部を説得するために、私達生徒会役員が走り回ることになったわけだ。
「会長の意見も納得できるところはあります。けれど、生徒会がそこまで強い権限を持つことには反対です。部費の配分に不満があるとすれば、それは各部の部長から発議するべきでしょう。会長は何でもできるから、全部自分でやってしまうのかもしれませんが、それでは周りが会長へ依存するだけです」
一方、私の場合は萎縮してしまう。
依存するか萎縮するか。二者択一を暗に要求する彼のような存在は、私にとっては目障りでしかない。
だから、会長とは相容れない関係だと伝えたつもりだったのだが、先輩の反応は違った。
ゆっくり瞬きをした後、感心したように息をついた。
「そうなんだ……。三澄さんは、やっぱり、すごいね」
「――は?」
「一城と対等に渡り合ってるからさ。俺の場合、引け目とか感じちゃって、張り合おうなんて考えたこともなかった。だから、すごいなって思って」
「同じですよ。すごいことなんてありません。やりたいことをやっているだけです」
「……うん。そう、なんだろうね」
奥歯に物が挟まったような言い方が、なんだか
似ているかと思ったが、違ったのかもしれない。似ていないから、イライラするのだ。
私は、利用できるものは利用する。きれいごとばかり言って何もしない亜樹先輩とは違う。
彼は、諦めているだけだ。諦めて、傷つかないための言い訳をしているだけ。
引け目を感じないなんて、そんなわけがない。会長の側にいて、能力の差を見せつけられるたびに、嫉妬心が渦巻いて息苦しいほどだというのに。
それでも、私は知っている。そこで足を止めてしまったら、この先何もできなくなる。自己嫌悪の沼に足を取られて、一歩も進めなくなってしまうのだ。
そんなの、自分の人生なのに、ばかばかしいではないか。
だから私は、無理にでも足を進める。転がり落ちながらでも、走り続けるしかない。
「先輩は、どうなんですか? 自分よりも、もっとうまくできる人がいたら、自分は何もしないんですか?」
「……ええと……、俺は……」
亜樹先輩は
生徒会長の職以外のことで、何を熱くなっているのだろう。こんなことで激情に駆られてしまうなんて、いつもの私らしくない。
「失礼しました。先輩に対して
「あ……、うん」
歩き出すと、ためらいがちに後ろを付いてくる。そして、おそるおそるという風に口を開いた。
「そういえば……。明日はこれ、休みなんだね」
ああ、そうだった。連日、亜樹先輩と顔を合わせづらくなるような対応ばかりしてしまっているので、休みというのは正直助かる。
「明日は、部活動の予算会議があるんです。生徒会役員は全員出席なので、こちらはお休みさせていただきます」
もちろん、生徒会のヘルプである亜樹先輩もお休みだ。それは教師陣も了解済みだと聞いている。
私は、夕陽の沈んだ方角をなにげなく眺めた。
とうとう予算会議が明日に迫る。
会長の提案は多数決で可決されるだろう。賛成しなかった部は、当然、不満を抱く。私はそれを待って行動を開始する。
余計なことに気を取られている場合ではない。
明日、ようやく、会長の解職請求に手が届くかもしれないのだから。