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第7話

 周囲に視線をめぐらすついでに、彼の様子もそれとなく観察する。


 不審な動きをしている者なんてそう簡単に見つかるわけがない。周囲の人たちを眺めているだけの時間に、先輩は次第に飽きが来たようだ。

 彼のそわそわした雰囲気を感じ取った私は、鞄の中からバインダーに挟んだ書類を取りだして彼に見せた。


「もしよろしければ、こちらに署名していただけませんか?」

「え? なに、これ?」


 彼は表題の「現・生徒会長一城兼人のリコール請求」という文字を見て、顔を引きつらせた。


「署名を集めています。全校生徒の三分の一以上の署名を集めれば、選挙管理委員会に会長の解職請求をすることができるんです」

「ご……ごめん。遠慮しときます……」


 彼はまだわずかしか集まっていない署名のプリントをすぐに返却してきた。

 数少ない署名のほとんどが男子生徒のもの。生徒会長の人気をひがんでいたり、嫉んでいたりする生徒のものばかりだ。しかも、しばらく前からその数は全く増えていない。


「一応これでも、あいつとは幼なじみなんだ。申し訳ないけど、顔をつぶすようなことはできないよ」

「そうですか。そういうことなら、仕方ありません」


 私は即座に鞄にしまう。

 署名については特に残念ではない。今焦らなくても、今週末には、十分な数が集まる予定なのだ。

 しかし、少々意外だった。会長に無理やりかり出されたのならば、不満もあるだろうと思ったのだが、そうではないらしい。

 だとすると、幼なじみのよしみで引き受けたということか。


「先輩は、会長とは仲がよろしいのですか?」

「え? いや、あんまり接点はないかな。近所だから、たまに顔を合わせることはあるけど」

「ですが、あまり目障りだと思うようなことはなかったわけですね」

「め、目障り……? ええと……、三澄さんは、一城が嫌いなの?」


 言いにくそうに、だがストレートに先輩が聞いてきた。

 何を今更。

 私は舌で唇をしめらせてから答えた。


「すでにご存じかと思っていましたが……。ええ、大嫌いですよ、あんな怪物」


 人通りが多くなってきた。目の前の雑貨店には女子生徒の固まりがいくつもできて、賑やかさが増している。

 私と会長の不和は隠していない事もあり、割と知られていると思っていた。が、先輩はそうではないらしい。目を丸くして絶句しているので、さらに付け足す。


「一年の時なんて、生徒会役員どころか帰宅部だったくせに、次期生徒会長確実と言われていた私を押しのけて会長職に就いたんです。嫌みったらしく副会長なんかに私を指名したりして。顔だけの人物かと思いきや、実力が人並み以上にありましたから、余計に腹が立ちますね」


 天才と呼ばれる人の計り知れなさに、何度打ちのめされたか。

 凡人は所詮何をやっても適わないのだと、一番近くで思い知らされるたび、嫌悪感が募っていく。


「ですが、安心してください。別に、無理に署名していただくつもりはありませんから」

「あ、ああ……うん」


 微妙な表情で私の言葉を聞いていた亜樹先輩が、ぎこちなく頷く。彼からは共感を得られると踏んでいたのだが、その表情からはどちらとも読み取れない。


 今まで、特に何も思ってこなかったのだろうか。いや、会長と葉琉先輩が子どもの頃からそばにいたのだ。その存在に圧倒されないなんて事は考えられない。現に、さっきは自虐めいた発言をしていたではないか。

 きっと、感情を殺すのに慣れたか、もしくは、うまく折り合いをつける方法を身につけたのだろう。ただそれでも、まったく何も思うところがないとは信じられないが。


「…………」

「…………」


 ……いや、変に勘ぐるのはよそう。彼と関わり合うのは今回だけだ。署名もしてくれそうにないし、どうでもいい相手ではないか。

 微妙な空気になってしまったので、私は一度溜息をつくと、周囲の監視に集中した。


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