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第29話

 気づけば、ルゥルゥは呪い解きの館に――意識を失う直前までいた部屋に戻ってきていた。咄嗟に身じろいだとき、体が何かに拘束されているのを感じる。

 それは腕だった。ルゥルゥの体を横抱きにするような形でぐるりと囲んだ腕が、がっちりと体を押さえ込んでいる。

 見上げれば、琥珀の瞳と目が合った。

「ヴァリス様」

「……ルゥルゥ?」

「そうです、あなたのルゥルゥですよ」

 彼はその場に座りこみ、あぐらの中心にルゥルゥを座らせていた。足と手両方で拘束されているので、抜け出せそうにない。

 仕方がないので、とりあえず辺りを見回し――ルゥルゥはぽかんと口を開けた。

 部屋の壁が無惨にも崩壊し、空が丸見えになっている。ばらばらと崩れた壁は、おそらく内部から相当な力で破壊されたのだろう。

 それだけでも衝撃だというのに、目の前にはもっとえげつない光景が広がっていた。

 切り抜かれた壁の向こう、立派にそびえ立つ山の端に、かろうじて太陽が引っかかっている。おそらく暮れ時なのだろう。常ならば強烈な西日をこちらに投げかけているはずだった。

 だが、今は。

「なん、ですか、あれは……」

 太陽は確かに見える。だが、一切の光がこちらまで届いていない。空がどす黒いもやのようなものに覆われていて、あらゆる光を遮断しているからだ。

 人々が恐怖する声が、眼下で響き渡っていた。

「これは……どういうことですか?」

「……っ、お嬢、無事か……!」

 はっと顔を向けた先、額をななめにざっくりと切ったアイシャが、その場に座り込んでいた。足をひねったのか、椅子や机の残骸を払い除けながらも立ち上がれないでいる。

 よく見れば、壁だけではなく、部屋の中すべてが惨憺たるありさまだった。まるで嵐が直撃したかのように、あらゆるものが壊され、引き裂かれ、なぎ倒されている。綺麗なのはルゥルゥたちがいる場所だけだ。

「アイシャ、これはどうなって……何があったんですか?」

「お嬢、やっぱ気絶してたのか。そいつだよ。そのバカガキ王子が暴れ回ってこんなことに……っておい、お前さっきあたしが殴り飛ばしたはずだろうが、なんでもう起きてんだ、クソ……!」

 彼女が懐からダガーを取り出したのを見て、ルゥルゥは慌てて首を振った。

「この人はヴァリス様です! 悪魔じゃありません!」

「あ?」

「ヴァリス様ですよね? 目の色違いますものね」

 振り仰いだ先、彼は首を傾げつつ頷いた。

「俺がヴァリス以外のなんだって……ああ、くそ、頭痛ぇ……なんだよ、悪魔と入れ替わってたのか? 記憶があるような、ないような……つーか本当に頭痛ぇな……」

「あ、それは私が頭突きしたからですね」

「なにしてんだお前は」

 肩を竦めた。やむを得なかったのだ。

 しかしそこで、貫かれたはずの肩が全く痛くないことに気づく。咄嗟に見やった先、服は綺麗に裂かれていたのに、傷だけが消えている。

「え、ヴァリス様、何かしました?」

「は? 何がだよ。主語をきっちりしろ」

「私の怪我、治しました? 肩のところ、傷がふさがっているんですけど……」

「は!?」

 彼はえげつない大声を出すなり、がばっとルゥルゥの服を肩の下まで引き下げる。流石にぎょっとした。色気もへったくれもない。

「お、前……いつの間に治してんだ……」

「自然治癒じゃないですからね、分かってると思いますけど」

 あの不可思議な空間の影響だろうか? と冷静に考える。

 そのときだった。うんうんと唸り続ける彼女を呆然と見つめていたヴァリスが「おい!」と大声を上げる。

 きょとんとするのと同時、何故かヴァリスはルゥルゥの口の中に指を突っ込んだ。

「うぁ!?」

「待てお前、なんでこんな舌がズタズタになってんだ」

「うぁ? ああ、ヴァリス様にうぁいうああい血を飲ませるためにいをおあえうあえい……」

「何言ってんだか分かんねえよ」

 ルゥルゥは眉を下げた。それなら手を離してほしいのだが……

 そのとき、アイシャがダガーを構えながら、痺れを切らしたように告げた。

「お嬢、そいつから離れろ……! そいつ、さっきまで悪魔として暴れ回ってたんだよ! いつまた暴れ出すか……! クソ、王太子も呪い憑きも肝心なとこで役に立たない……!」

 見れば、部屋の隅のいささか被害が少ない場所に、王太子が片膝を立てて座っている。その反対側の隅では、蒼白の顔をしたナギが、ヘクトルを抱えていた。

「……ヴァリス、何故……」

「あ?」

「何故、悪魔に体を明け渡した……? そんな事態を防ぐために、その娘を与えたのに」

「は、何言ってんだ兄貴。まさかまだ分かってねえのか? 逆効果に決まってんだろ。好きな女の肉食いたい男がどこにいんだよ、馬鹿か」

「ヴァリス様、口が悪いですよ」

 あとはっきり好きな人とか言われるとこそばゆい……呆れつつ顔を上げて一拍、ルゥルゥは「あれ?」と首を傾げた。

「ヴァリス様、角が生えてます」

「は? ……うお、なんだこれ」

 ヴァリスの頭頂から斜め四十五度ほどの位置に、黒くて太い、円錐のような形状の角が生えている。彼は頭を触ってかすかに目を丸くしたが、ルゥルゥには覚えがあった。

 彼が破壊衝動に悩まされているときに生えているものに似ている。いや、似ているというか、見た目はほぼ同じだろう。違うのは、今の彼が、普段となんら変わりないということだ。

「ヴァリス様、どこか苦しくはありませんか? 何かを壊したいとか、血を飲みたいとかは?」

「……ん、ねえな、そういえば。角は生えてるが……」

「角くらいあってもいいですよ。格好いいですし」

「お前、そこは気にするところだろ」

 半眼になりつつ、彼は妙に納得した顔で空を見上げた。

「ああ、なるほど。あれやったの、俺か」

「え?」

 ルゥルゥはぱちぱちと瞬いた。どす黒く渦巻く空は、正直不気味としか言いようがない。そもそもあれは、人間にできることかのか?

「悪魔が乗り移ってたってんなら、あれくらいできるだろ。俺もなんとなく記憶あるし」

「え、あるんですか」

「いつもだったら、あいつと入れ替わってるときは、なんか寝てるに近い感覚なんだが、今回は窓からぼんやり見てたみたいな感じだったな。悪魔の嫌がらせだろ、どうせ」

 確かに、自分が何をしているかは分かるのに止められないというのは、ヴァリスにとっては苦痛だろう。アスタロトがやりそうなことだ。

「おいクソガキ王子……あれが何なのか分かってんのか?」

 アイシャがおそろしい形相でヴァリスを睨んでいる。もう不敬罪も何もあったものではない。

 だが、彼は気にした様子もなく、平然と答えた。

「呪いだろ。数百年分の呪いを凝縮して、煮詰めて、一気に放出したものだ。雷雲と同じで、あれはいつか雨になって地面に落ちる。雷も降るかもな。当たった奴らは全員高濃度の呪いにさらされて、良くて即死、悪けりゃ混ざりモノになって歪に死ぬ。悪魔とはいえ、よくもまああれだけの呪いを蓄えてたな……一歩間違えたら自分が死ぬぞ」

 淡々とした語り口に、アイシャが唖然と口を開けた。

「お……前、そんなことになったら、この国は……」

「終わるだろうな。正直、それもいいかと思ってはいる」

「は!?」

「俺はこの世界にもう興味がない。いや、元々ずっと、興味なんてなかったが。つーか、一回滅ぼそうと思ったの、俺だしな。だから悪魔も俺の体を乗っ取れたんだろ。あのとき俺は確かに、この国全部、呪ってしまえと思ってたからな」

 アイシャが絶句する。ヴァリスは冷たい瞳のまま、ルゥルゥを見た。

「お前が俺の中にいたときの記憶も、少しだがある。見ただろ? 言っとくが、あの教育係が特に酷かったわけじゃない。あんなん日常だ。死んだように生きて、どうにか自分を抑え込むので精一杯だった」

 ルゥルゥはまっすぐに彼を見上げた。自分の体すら自由にできずに、痛みになんて誰も目を向けてくれない中で、どうやって心を守ってきたのだろう? 彼に、人を傷つけないまま心を守るすべを、教えてくれる人なんかいなかったのに。

 それとも、守られなかったから、こんなことになっているのだろうか?

 黒煙のような雲が渦巻く空を見上げる。これは彼だけの罪だろうか。ルゥルゥのためにここまでした彼を……国さえ滅ぼそうとした彼のことを、責める資格のある者が果たしているだろうか? 正しく心を守る方法なんて、誰も教えてくれなかったのに?

 それでもきっと、許されるべきではないのだろう。だって彼は王子だ。たとえ王子として敬われることがなかったとしても、悪魔の子として虐げられ続けてきたとしても、王子である限り、民を見捨てる資格なんかないのかもしれない。

 どんな理由があったって、国を滅ぼすことは罪なのかもしれない。

 だけれど、ルゥルゥにとってヴァリスは、一国の王子である前に、あの日あのとき、火かき棒を振り上げられて悲鳴を上げていた、ただの小さな少年なのだ。

「ヴァリス様が滅ぼしたいというのでしたら、そうしてしまって構いません。私は、それでもずっと傍にいますし」

「お嬢!?」

「アイシャ、ちょっと黙ってください」

 笑顔で彼女の言葉を制し、ヴァリスへと向き直る。

「私は嘘をついたつもりはありませんから。あなたが私の楔である限り、傍にいますよ、何があっても」

「……俺が、人を何人殺してもか?」

「それを許されるだけのことはされてきたのでは? 悪魔がやるなら絶対に止めますけど、あなたの意思だというなら、特に止めません。私は法ではなくて、あなたに楔の誓いを立てたんですから」

 にこ、と微笑む。嘘ではなかった。楔の誓いはそういうものだ。ルゥルゥは決して犯罪を許容しているわけではないが、罪を犯すヴァリスのことは許容している。

 彼は、感情の読めない瞳でじっとルゥルゥを見つめてくる。何かを探るような視線を、彼女は真っ向から受け止めた。

 ややあって、彼がほんの少し、目を細める。

「そうかよ」

「はい」

「ならやめる」

 あっさり言い放ち、ヴァリスはルゥルゥを見つめたまま、空中に片手を差し出す。そして、くるりと捻るように握った。瞬間、黒煙のような雲は圧縮されたようにぎゅっと縮まり、跡形もなく消え去った。

 ルゥルゥ以外の全員が、唖然とした表情で空を見る。

「……おい、何した、クソガキ王子」

「お前そろそろ不敬罪でぶち込むぞ。悪魔が俺の体でかけた呪いなんだから、俺なら解けるに決まってんだろうが」

「分かるかそんなこと! というか、何がどうしていきなりやめる気になったんだ。情緒不安定か?」

 全員が困惑の表情を浮かべる中で、ルゥルゥは無意識に安堵の息を吐いていた。

 ああ、やっぱり、嫌だったのだなと内心で苦笑する。この国のことを案じているわけではなくて――おそらく、無辜の民を殺すことに、ヴァリスの心は耐えられないだろうから、ルゥルゥは嫌だったのだ。

 ヴァリスは正直、心が強いとは言えない。人を殺めてしまえば、きっとその事実に耐えられなくなるだろう。今度こそ、悪魔に体を乗っ取られてしまうかもしれなかった。

 もちろん、そのときは再び強制的に元に戻す覚悟だったが、そもそも、彼が傷つくところをもう見たくなかったのだ。彼の望みが叶うことが、必ずしも彼のためになるとは限らない。人は難儀な生き物だから……自分が理解している以上に、心というものは弱い。

 それを理解しているのかいないのか、自分に食ってかかるアイシャに向かって、ヴァリスは面倒そうにため息をついた。

「うるせえな……そもそも俺が国を滅ぼしたいと思ったのは、そうじゃねえとルゥルゥが死ぬと思ったからで、別に恨みが死ぬほど強いわけじゃねえよ。そりゃ殺したい奴は何人かいるが……」

 不可解そうにアルクトスが首を傾げた。

「……クレイディ嬢を殺すつもりなどないと言ったはずだが」

「それ本気で言ってんのか? 情緒学んだほうがいいのは俺より兄貴だろ。両手両足なくした人間は死んでるのと大して変わんねえんだよ。それに、知らねえかもしれねえが……心は何回だって死ぬ」

 そうだろうな、とルゥルゥは思う。百回死んだところで、誰も気づけないのが心だ。泣き喚かないと、痛みすら無視されてしまうのが心なのだ。

 そしてきっと王族は、自分自身すら気づかないうちに目をそらす傷が、あまりに多い。

「俺が、俺の手で、ルゥルゥの心を殺すのだけはごめんだった。それだけの話で……そうしなくてもいいなら、別にもう、誰を殺す必要もねえ」

 アルクトスはしばしヴァリスをじっと見つめて、何かを考えるように顎に手を当てた。その姿勢のまま、しばらくぴくりとも動かなくなる。

「あの……王太子殿下?」

「つまり、私は、お前に与えるものを間違えたのか?」

「兄貴がやってきたことで間違えてなかったもののほうが少ねえだろ。同じようなことがあっても、絶対に弟たちにはやるなよ。耐えられない奴は死ぬぞ」

「死なせるようなことはしていないはずなのだが……」

 心底不思議そうな顔をしているので、多分本当に分かっていないのだろう。ルゥルゥはわずかに眉を下げた。

「殿下。人は、心が死んでしまったら、体もそれに追いついて、死んでしまうものなのですよ。自分で自分を殺す人は、大半が心も死んでしまっているのです。正妃様だって、心を病んだから、倒れてしまわれたのではないですか」

 思いもよらなかったのか、彼は目を丸くした。顎を撫でて、ゆるりとその場で立ち上がる。

「なるほど、道理だ。完全に理解したわけではないが……もしかして、お前を閉じ込めていたのも、お前の心を殺していたか?」

 ヴァリスは苦々しげに頷いた。

「国のためってんなら多少の不自由は受け入れるけどな。弟たちにはやるんじゃねえぞ。性根が腐る」

「お前が言うと根拠もひとしおだな、クソガキ王子」

「てめえはそろそろ本当に牢にでもぶちこまれたいか?」

「ああもう、ほら、喧嘩はやめてください! アイシャも煽らない!」

 ルゥルゥはなんとか彼らをなだめすかす。できれば物理的に間に入りたかったのだが、なんとまだヴァリスに抱えられたままなのである。いや、これはこれで間に入ってはいるのだが……

「あー、ちょっと、そこの人たち。そろそろ外の騒ぎを収めに行っても構いませんかね」

 不意に、部屋の隅から気の抜けた声がした。すっかり元通りになったらしいヘクトルが、へらっと笑ってこちらを見ている。

「というか、殿下たちに置かれましては騒動を収めるのを手伝ってほしいんですが。特にヴァリス殿下」

「は、俺?」

「そうですよ。あなたが振りまいた呪い、あの雲だけじゃないですからね。呪いの残滓にあてられてる人、多分相当いますよ。さっきの要領で解いていってもらわないと、また呪い解きの館が人で溢れます」

「あー……」

 バツの悪そうな顔をして、彼はルゥルゥを抱えたまま立ち上がった。……え、抱えたまま?

「ヴァリス様? どうして私を横抱きに?」

「は? お前がいなけりゃ悪魔が出てきちまうだろうが」

 ルゥルゥは瞳を瞬かせた。そう……なのか?

「お前、自分が俺の鎮石なの忘れたか? コイツが生えてんのに俺が正気なのも、お前がいるからだろ」

「そう……なんですか!?」

 それにしたって、手を繋ぐとかそういうのでもいいのでは? 横抱きにする必要がどこに?

 ルゥルゥの困惑を読み取ったのか、彼はやや眉間にしわを寄せて言った。

「こうしてると調子がいいような気がすんだよ。……嫌ならやめるが」

 彼女は一瞬信じられない気持ちになった。あのヴァリスが……甘えている!

「嫌だなんてまさか。ありえません」

 素早く首を横に振る。なんならひしとその肩にしがみついた。

「昼も夜もこうしていていいですよ。ヴァリス様の膝の上でご飯も食べますし寝起きもします」

「なんでだよ。流石に夜はベッドで寝ろ」

 ご飯はいいんだ……とルゥルゥは思った。

「じゃあ先に降りてるからな。てめえらもさっさと……」

 言いかけて、ふと彼は言葉を止めた。そのまま、無言で部屋の隅へと向かっていく。

「おい、ナギ」

 顔を真っ青に染めた彼は、びくりと肩を震わせてヴァリスを見上げる。

「で、んか……」

 絶望を煮詰めたような声だった。ヴァリスは今にも死にそうな従者をじっと見て、告げる。

「てめえも手伝え。どう考えても人手が足りねえんだよ」

「は……」

「いいか、余計なこと言うなよ。これは命令だからな。そんでもって、全部終わったら兄貴を殴るの手伝え。お前が殴ったらどう考えても極刑だが、俺が殴るぶんにはまあ、兄弟喧嘩で済むだろ。ついでに骨の一本くらいは折っといてやる」

 それはもはや、普通の家庭だとしても喧嘩じゃ済まないのでは……とルゥルゥは思った。王族への不敬罪って、王族同士でも発生するのではなかったか? 大丈夫だろうか?

 だがヴァリスは、呆然とするナギの反応を肯定と捉えたらしい。満足げに頷くと、すたすたと崩れた壁の方へ向かう。

「んじゃ行くか。捕まってろよ、ルゥルゥ」

 瞬間的に何をするつもりなのか察した彼女は、咄嗟に叫んだ。

「ヨル、ナツ、ソラ、こちらへ! ツクシはヴァリス様の首に! ユキは動けない人がいないか見回りを!」

 愛する獣たちは即座に動いた。犬や猫たちはルゥルゥの足元に侍り、細長い蛇がするりとヴァリスの首に巻き付く。刹那、ヴァリスは開放的な壁から身を乗り出し、ひょいと飛び降りた。

「は!? おいクソガキ、ここ三階……!」

 アイシャの言葉が聞こえたときにはもう、地面が目前に迫っていた。しかし、彼はまるで気にした様子もなく、だんっとその場に降り立つ。衝撃はほとんどなかった。

 同じように飛び降りてきた獣たちを横目に、ルゥルゥは首を傾げる。

「ヴァリス様、いつのまに足腰強くなったんですか?」

「いや、足腰でどうにかなる高さじゃねえだろ……破壊衝動が出てくるときは強制的に力が強くなる。あれがなんでか知らねえが残ってんだよ」

 つまり……何かを壊したい衝動はないが、身体能力は高くなっている、ということだろうか? なんとも都合の良い展開だ。先程まで、アスタロトが体を乗っ取っていた影響かもしれない。

「無理はしないでくださいね」

「お前もな」

 きょとんとしたルゥルゥに、ヴァリスは目をすがめた。

「お前、俺が呪いを相殺して回ってる間、自分も呪い渡りとして動くつもりだろ。俺が抱えてはいるが、ぶっ倒れる前に言えよ」

 全部バレている。とりあえずにこりと笑っておいた。

「分かっていますよ。ほらヴァリス様、早く呪いの余波を受けた方々のところに行きましょう。そこかしこで悲鳴が上がっていますよ」

「笑顔で言うな。怖いだろうが」

 そんなことを言ったって事実なのだから仕方がない。少なくとも見渡す限り、呪いの残滓が残る人々の山である。なんともまあ、腕が鳴るというものだ。



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