魔力を奪う雨を降らせていた犯人は、精霊?
「精霊ってさ、どこかを守護していたり、何かと力を貸してくれるもんじゃないの?」
「通常は。しかしウンディーネの様子がおかしいです。理性を失い、魔力を暴走させている。おそらくマザー・ウィンローズがお話しになっていた、邪悪なる力の影響であると思われます」
「黒幕がいるってか……くっそ」
これがRPGなら、さしずめ1面のボス戦ってところか。
パーティーはふたり。クラスは聖母と騎士。
一応聖なる力のバフがあって、防御力はアップしてる。
HPとMP的なものも満タン。たぶん。
序盤もいいところの場面でわめき散らしたって、肝心の黒幕はしっぽをつかませちゃくれないって、大体の相場が決まってる。
「つまりあたしたちの最大の仕事は、邪悪なる力ってやつに支配されてしまった精霊を、正気に戻すことってわけ」
「四大精霊と謳われるウンディーネを操るには、大きな代償を伴うはず。邪悪なる力の使い手が相当な魔力の持ち主だとしても、極度の消耗は免れません。遠隔で彼女を操ることなど、不可能です。原因はすぐ近くに、必ずあります」
「なるほどね、それを聞いて安心した。ありがと、ゼノ」
要するに、どっかにある禍々しいオーラの一番強いものをぶっ壊せばいいわけだ。
本当は、もっとちゃんとした方法とか手順があるのかもしれないけど、ついこないだまでOLをしていたあたしに聖母らしいことを求めたって、無駄なもんは無駄である。
「勝手に連れて来といて、シカトこいてんじゃないわよ──こんなときくらい力貸しなさいよ、セフィロト!」
神霊樹相手に、大口を叩いてる自覚はある。
で? だから、何? そんなあたしを知ってて、好きで選んだわけでしょ?
今更NGとか、受け付けませんから。
「ンアァアアアア──!」
「だよね知ってた! そう簡単に行くなら、とっくの昔に解決してるって!」
「失礼」
「んきゃあっ!?」
軽々と抱き上げられたと思えば、たんっと地を蹴る音。
直後、今の今までいた場所を荒れ狂う奔流が飲み込むのを、ふわりと浮いた空中で目撃する。
あたしを抱えているとは思えない跳躍を見せたゼノは、ウンディーネを見下ろす高い木の枝に、危うげなく着地した。
大人ふたりが乗ってもびくともしない、岩のように頑丈な枝だ。
「濁流っていうか、もはや津波じゃん。生身の人間が飲み込まれたら、ひとたまりもないじゃんよ……って、わらびは!?」
「こちらに」
「ビヨンッ!」
「ゼノの服の中に隠れてたんだ、よかった!」
黒い洋服の襟元から勢いよく飛び出してきたわらびが、ぽむんっと左の頬に張りついてきた。
うん、このひんやり感に、今は安堵しかないよ。
「危ないから、離れないようにくっついといてね、わらび」
「ビヨヨン!」
無事を喜び合った後は、そうやって言い含める。
元気のいい返事があって、「ビヨ〜ン」とアメーバ状に偽足のようなものを伸ばしたわらびが、あたしの頭を抱え込むようにくっついた。
端から見れば、それはそれはシュールな光景だろう。
キャラクターもののカチューシャみたいなもんだと思えば……なんだよゼノ、笑うならわら……ノーコメントかよ!
無言の真顔やめろ、鬼畜か! 鬼畜だったわ!
「それはさておき……どうしたもんかね、これ」
気を取り直し、これまたぶっとくて頑丈な幹に手をついてベストポジションを見つけたあたしは、目下の惨状にため息を吐いた。
文字通り濁流の海。これにて足場はさようなら。なんつーハードモード?
「あたしが神力ってやつをぶっ放せたら、万事解決なんだろうけど」
「そうですね、それで行きましょう」
「はぁ……チート能力より、オート能力のほうがよかったわ……さっぶ。忘れて……って、ゼノさん?」
「できます、セリ様ですから」
「なんか無茶振りきた!」
雰囲気はインテリなのに、ときたま根性論の脳筋発言するよね、ゼノ。
誰に似たのかな……わぁ、心当たりがないなぁ、ちっとも!
「できます、私を喚び起こした貴女ならば」
あたしの葛藤をよそに、繰り返される言葉。
「我が剣は、貴女の力そのものです」
「ゼノ……」
こがねのまなざしを残したら、それ以上の言葉は必要なかった。
とんっと踏み切ったゼノが、重力をも味方につけ、ウンディーネめがけ急降下する。
「──はぁッ!」
高く高く、遥か頭上から振り下ろされた斬撃が、濁流を割る。
その威力は凄まじいもので、巻き上がった水飛沫が、地上から5メートルは離れているだろう枝で見守るあたしにも、細かく吹きかかったほど。
「足場がないなら作れ、です」
すっと立ち上がり、涼しい顔で剣を払っているが、言ってることは真面目に脳筋のソレである。
そのくせやってのけるんだから、もう。
「非常戦闘時につき、省エネルギーモードを解除します」
待って、今までが省エネモードだった?
ドールの動力源は、魔力。
そしてゼノは護衛型の中でも騎士タイプの戦闘に特化したドールであり、魔法を使うことができない。
だけど同時に、あたしの神力を糧とすることを許された、特別なドールでもある。
供給したあたしの神力は、ジュリのように魔力へ変換されることはない。
ヴィオさんと互角だと思っていたけど、とんでもない。
あたしに無茶振りをしてきた彼こそが、何より滅茶苦茶なひとだったなんて。
「セリ様にご褒美をいただく約束ですので、出し惜しみはしません。──最大出力で参ります」
煌々と輝くこがね色が、刹那、夜色に染まる。
「私はゼノ。セリ様をお守りする、騎士です」
すべてを静寂に包み込む、新月の夜。
きらめく星空のような漆黒に、ドクリ──
胸が、高鳴った。