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*25* 星の羅針盤

 黄緑の光の粒子が身体に降り注ぐ。

 蛍とじゃれているような不思議と心地よい感覚の直後に、異変は顕著となる。


「あれっ、なにこれ、身体が軽いっ!?」


 中の下の下くらいの運動神経を持つあたしだ。

 一度くらい、風になりたいよ……と、運動会や体育祭の時期に枕を濡らすこともあったさ。


 だからって全然息苦しくもなく、流れるように景色が過ぎていくこの感覚は、あたしの願望が生み出した幻覚ではないと信じたい。

 タネ明かしは、鮮やかなオレンジの髪を風になびかせる、オリーヴが。


「ヴィオの風魔法よ」


「魔法も使えるんですか!? ヴィオさん!」


「これでも魔導騎士ですので。ただ、よくて中級、身体強化の補助魔法が扱える程度です。リアンほどではありませんよ」


「いやいや充分ですって!」


 昨日は魔法を使わず、モンスターを一掃していた。

 つまり、素であんだけ戦闘能力の高いヴィオさんが身体強化されてみなさい。それただのチートだから。

 しかもこれ、しれっと他人にも付与してるんだもんなぁ。


「マナに働きかけて抑制作用をもたらす催眠魔法とは違い、私の補助魔法は、肉体そのものを強化します。他者に使用しても拒絶反応は起きませんので、ご安心ください、マイ・レディー」


 ほらね、チートじゃん。


「読んで字のごとく、追い風ってやつですね! 長年の夢が叶いました、ありがとうございます、ヴィオさん!」


「お役に立てたなら、何よりです?」


 すごい、今のあたしなら、陸上の世界記録保持者にも余裕で勝てるよ。はぁあ〜、走るのって楽しいんだなぁ!

 なんだなんだ、一応ピンチだってのに、全然怖くないぞ。

 無敵だな。すごいのはあたしじゃないけど!


「あとなんか知らんけど、ゼノが阿修羅のごとくモンスター狩っとる。ついさっきまでそんなんじゃなかったのに、どうして急に阿修羅に?」


「……不公平と、思いまして」


「主語と述語のセットでお願いします」


「私は、セリ様が、不公平だと、思います」


「サイドメニューに、修飾語はありますか!」


 詳細を求めたら、余計に混乱を極めただけだった。

 あたしが不公平って何? どういうことなの、ゼノさん!

 という旨を訴えてみたけど、意味深なカミングアウトをしたっきり、ゼノは黙り込む。 


 ヒギィ! 


 代わりに、ちょうど目の前にいたがためにぶった斬られたブタコウモリたちの潰れた悲鳴が響き渡る。

 うん、2匹まとめて……?


「従順な犬の皮をかぶった、とんだ暴れ馬だな。森を抜ける前に力尽きても知らんぞ」


「ご心配なく。私にはセリ様がいますので」


「ほう……当てつけのつもりか、絡繰風情が」


「人形は、可愛がってもらうものですので」


「抜かせ……!」


「ヒギィッ!」


「ギャンッ!」


「わー、ふたりとも絶好調だねぇ」


 めちゃくちゃ俊足で行ってしまったので、ゼノとヴィオさんが何を話しているのかは、よく聞こえない。

 ただ、凄まじい勢いで周囲のモンスターが倒されているのはたしか。息の合った連携プレーだ。

 仲良くなれたんだね、ふたりとも!


「もうヴィオったら、はしゃぎすぎよ」


「オレたちを引き立て役にしないで、ゼノー」


 普段はクールで知的なゼノやヴィオさんも、いざ闘いとなるとアツくなりやすいらしい。

 騎士組が物理的に道を切り開き、魔術師組が死角からのモンスターを迎撃、援護する。


 そんな2組にサンドされて、森を駆け抜けるオリーヴとあたし。

 ヴィオさんの補助魔法もあって、しばらく走り続けていても、全然疲れないんだけど……


「浮かない顔だね、オリーヴ。ヒールだったよね、足痛いとか? 大丈夫?」


「ありがとう。足は平気。ただ……嫌な気配がするの」


「たしかに妙だよね。抜けるどころか、クサくなってきた。あ、ゼノ、ヴィオさん、足元と頭上注意」


 先頭を駆けていたふたりが、ジュリの言葉で弾かれたように反応する。


「そこか!」


「させません」


 きっさきを地面に突き立てるヴィオさん。

 剣を振り上げ、虚空を薙ぐゼノ。


「……ギシャアアア!!」


「うそっ……あれもモンスターだったの!?」


 目を疑った。ちょっと太い木の根だとか、少し垂れ下がった枝だな程度にしか思っていなかったモノは、木の姿をしたモンスターだったのだ。


 枝の腕を削ぎ落とされ、根の身体を貫かれたソレは、幹にぽっかりと開いた空洞のような目と口を浮かび上がらせ、断末魔を響かせた。

 と、うねる枝と枝が絡みつき、鋭利な先端を形成。あたしたち目がけ猛スピードで迫る。


 片っ端から斬り落とすゼノとヴィオさんだけど、その度に枝は再生し、四方八方から襲い来る。


「ちっ……小癪な」


「退いて、ヴィオ!」


「──!」


 とっさに横へ跳躍したヴィオさんのいた軌道を、突風が吹き抜ける。


「あれは……鷲? いや、ライオン!?」


 鋭い嘴に、枯れ葉の翼。

 樹皮の前足で猛然と地を蹴り、象をも凌ぐ巨体で木のモンスターに突進するそれは、上半身が鷲で、下半身はライオンの姿をした、モンスターならざるもの。


「グリフォン・ゴーレムです。実物には劣りますが、時間稼ぎなら充分に任せられます。ヴィオ、相手にするだけ無駄よ。迂回しましょう」


「了解した。ジュリ様、魔力探知をお願いできますか。後方は私とリアンが守ります」


 先ほどいち早くモンスターの気配を察知したことで、この場における一番の適任だとヴィオさんは判断したんだろう。


「オーケー、任せて」


 軍服を翻したヴィオさんがあたしたちの後ろへつく代わりに、ジュリが先頭へ立ち、同じような緑が続く森の中を駆ける。


「瞬く星たちよ、オレたちの道標を繋いで──『インターステラ・コンパス』」


 まばゆい光の羅針盤が、地面に浮かび上がる。

 針の代わりに、中心に立つジュリの足元からひと筋の輝く光が伸び、進むべき道を示した。


「あっちだね。みんな、ついてきて」


 ジュリの後に、ゼノ、あたし、オリーヴ、リアンさん、そしてヴィオさんが続く。


 この森に入ってからどのくらい経ったのか、もうわからない。たしかなのは、昨日ほど簡単には行かない、ということ。

 しばらく走ったところで、嘆息が聞こえた。


「うーん……」


「どうしたの、ジュリ」


「昨日リアンさんがさ、薔薇を目印に、出口までの道筋を残してくれてたでしょ? あれを辿ればもしかしたらって思ったけど、なくなってるんだよね」


「なくなってる……?」


「魔力のざんはある。ここは、昨日母さんやオレたちが通った道だ。でも掻き消されてる──ううん、厳密には、付け足されてる」


「付け足されてるって、どういう……」


「デタラメに紡ぎ、繋ぎ合わされた異空間。つまり、それこそ木のように成長する迷路に閉じ込められたってこと」


「そんな……! あたしたちを、どうするつもりなの!?」


「さてね。そういうのは、本人に訊いたほうがいいんじゃない?」


 ジュリの言葉を、すぐには理解できない。

 訊く? 何を? 誰に?

 あたしの混乱をよそに、ちらりとこっちを振り返るジュリ。


「ね、なんでオレたちをここへ連れて来たの? ──わらび」


 オニキスの瞳に捉えられたスライムは、このときあたしの肩の上で、何を思っていたのだろう。

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