「咲き誇りなさい、『ローズ・ガーデン』」
盛り上がった地面から、茨が突き上げる。
格子状に交差し、見る間に巨大な緑の檻をかたち作ったそれは、閉じ込めたコウモリたちを無数の棘で貫き、真紅の薔薇を花開かせた。
淡い緑の光を放ち、茨の檻がモンスターと共に消えゆく。ヒュウと口笛を鳴らしたのは、それを眺めていたジュリだ。
「わーお串刺し。おしとやかな顔してえげつないよね、リアンさんって」
「ふふ、遠慮はしませんわ、正当防衛ですもの」
「まぁそうだよね。じゃあ、オレも頑張っちゃおうかなぁ」
冗談めかしながら、けれど蠢く影を夜空の双眸と掲げた指先にしかと捉えたジュリが、力ある言葉を放つ。
「吹っ飛んじゃえ──『ステラ・ブラスト』!」
パチンッ。
軽快なスナップ音の直後、ジュリの指先に集束した魔力の凝縮体が黒い球体となって、発散。
ギリギリまで引き絞られた矢のごとく空を裂くそれは、モンスターにふれた瞬間、巨大化。白に、黒に、めまぐるしく明滅する。
閃光、そして、爆風。
ドォン──……大地の低い唸りが、遠い彼方まで反響する。
「こんなものかな。スマートに魔法を使いたいから、できれば詠唱破棄したいんだけど」
土煙が静けさに消え入る頃、さっきまでモンスターの押し寄せていた空間にぽっかりと抉れた地面だけが現れ、リアンさんのペリドットの瞳に丸みを帯びさせた。
「あら……星魔法をお使いになるなんて。ジュリ様も、なかなかに『とんでもない』ですわよ?」
「どうも。母さんのためだからね、今はクオリティー重視。格好つかないとか言ってらんないよ」
「充分かっこいいよ、ジュリ……!」
「ほんと? じゃあ帰ったら、ご褒美にまたキスしてね!」
パチリと、振り返りざまのウインクが炸裂。
どうしよう、ジュリがやばい。うちの子がマイナスイオンとあざとさを惜しげもなくまき散らして、甘えてくるんだが。
「ジュリ様ったら、複合魔法まで使えるの!?」
「すごいことなの? その複合魔法って」
「すごいなんてものじゃないわ……」
驚嘆するオリーヴが言うには、こうだ。
魔法には、火、水、土、風、光、闇という、6つの基本属性が存在する。
複合魔法とは、そのうちの2つ以上を組み合わせることで派生した特殊属性であり、光・闇魔法を複合させたジュリの星魔法が、これに当たる。
そして複合魔法を使うイコール、元となる属性の上級魔法を、自在に使いこなせるレベルの持ち主ということ。
そもそも魔法には、杖や詠唱は必須。
その上で、基本属性の上級魔法を駆使できる境地まで到達する魔術師は、それぞれ全体の10%程度。これをマルチにやってのけるわけだから、当然さらに使い手は限られる。
複合魔法は、それ自体が高等魔法なのだ。
「リアンも風と土の複合である木魔法を使うけれど、ここまで難なく星魔法を使う魔術師なんて、このエデンに何人いたかしら」
「ジュリ様は当然のように杖もなく、詠唱も省略していますから、はっきり言って異常ですわね」
「ほぇー、ジュリってやっぱりすごいんだぁ」
「あのね、セリ、他人事じゃないわよ?」
「へ、そうなの?」
「いい? 程度はあれど、こどもの魔力はマザーから受け継がれるもの。もっと簡単に言うなら、マザー以上の魔力をこどもは持つことができないのよ」
「それって、つまり……え、マジ?」
「わかってもらえて、よかったわ」
なんてこった。ジュリを(いい意味で)魔法ゴリラだと思っていたら、ゴリラなのは、あたしのほうだったらしい。
え、じゃあじゃあ、あたしも指パッチンしたら、ジュリみたくドカーンってやつ、できちゃう?
えっ、えっ? やっちゃう??
「セリ、あなたが何を考えているのか、なんとなくわかるわ。やめておきましょう」
「ひどい、まだ何も言ってないのに!」
「無理はやめて、という意味よ。どうしたって、慣れないことは身体に負担だから」
「そうだよね、ごめんね! あたしが魔力をちょろっとも扱えないみそっかすで!」
自分で言って虚しくなってきた。
みんなはすごく褒めてくれるけど、肝心のあたしが、そのチート魔力とやらを感じないんだもん。ゼロに等しいだろ、これ。
「気にしないで! オレが悪いモンスターを、みんなやっつけちゃうから!」
「あら、私を忘れていただいては困りますわ」
「ありがとうジュリ! ありがとうリアンさん! さすが! 弟子にして!」
「もー、母さんってば」
「それはそれは、うふふ」
返ってきたのは、まぶしい笑顔。
ジュリもリアンさんも、まんざらでもなさそうだ。にこにこ楽しげに笑いながら、魔法をぶっ放している。あれ、なんか寒気が……
「指をくわえてばかりではいられんな。行くぞ。遅れるなよ」
「貴方と競争するつもりはありません」
「言わせておけば」
相変わらず騎士のふたりは馬が合わないようだったけど、言い合っていたのも、つかの間のこと。
「これより、我々が先導いたします」
「皆様、後にお続きください」
左に。右に。
同時に土を蹴ったヴィオさんとゼノは、示し合わせずとも散り、薄暗い森を颯爽と駆け抜けながら、己が剣を振るってゆく。
「すごいふたりとも、足速っ!」
「わたくしたちも行きましょう、セリ」
「んんっちょっと待ってね、あたしこう見えてインテリ派だから、そんな速く走……うわぁっと!?」
みなまで言わせてもらえなかった。引きつる笑みで言い訳をもらすあたしの背に、ふわぁっと吹きつけるものがあったのだ。
思わず踏み出した足。オリーヴに手を引かれるかたちで駆け出して、それから。
「吹き抜けろ──『エリアル』」