「それはまぁ、お騒がせだったね、うん」
「返す言葉も、ございませんわ……」
「まぁまぁ! オリーヴも悪気はなかったんだし!」
「わかってるよ。母さんのお友だちなら、オレもこれ以上は何も言わない」
「ジュリ……!」
紆余曲折を経て、誤解はとけた。
感動のまなざしで見つめていると、「うーん……」と唸ったジュリが、決まりが悪そうに頬を掻く。
「まぁ、オレも頭に血が上っちゃってたし……ろくなおもてなしができなかったから、改めてうちでお茶でもしてく? それくらいはできるよ?」
「君はほんとに、いいこねぇ……!」
「私も異論はございません」
「ゼノ……!」
「そのためには、この森を抜けなければなりませんが」
「っすよねー!」
一瞬で現実に引き戻されました、ありがとうございます!
「よろしいのかしら……?」
「よろしいんです、よろしいんです。お言葉に甘えてお呼ばれされちゃいましょう、お母様。終わりよければ全てよし、です」
「おまえはつくづく無遠慮というか……したたかだな」
「あーらヴィオこそ、嬉しくてたまらないくせに」
「何故そうなる」
「知ってるわよ。もうすぐセリ様と離れ離れにならなくてはいけないから、ご機嫌ナナメだったのよね?」
「へ、あたし?」
「リアンっ……!」
「んふふっ! そんなに怖い顔をしていると、セリ様から嫌われるわよー?」
「こら、待ちなさい、リアン!」
「だから、なんであたし?」
「乙女には、色々あるのよ」
「あ、そうだよね」
突然喧嘩(?)を始めたヴィオさんたち姉妹に首をかしげていたら、そっとオリーヴが肩に手を置いてきたので、なんとなく悟った。
そうだよね、ヴィオさんにだって、ふれられたくない悩み事のひとつくらい、あるよね。
「ちなみにゼノさん、あなたはどうして、そんなに驚いた顔をしているんでしょうか?」
「…………」
「うん、ヴィオさんは女性だからね。イケメンだよね」
「…………」
「え? 私とどちらがいいんですかって? 顔の話? どっちもやばいよ? 甲乙つけることが罪にすら感じる顔面国宝だよ?」
「…………」
「え、違う? ねぇなんでちょっと不機嫌なの? ねーえ、ゼノさーん?」
「セリにはゼノ様の心が読めるのかしら? すごいわね……」
「肝心なことは、伝わってらっしゃらないようですけどねぇ」
「リーアーン……?」
「あらあら……乱暴はいやですわ、ヴァイオレットお姉様?」
「いい加減、口を慎みなさい、リリアナ!」
「みんなー、急がないと、日が暮れちゃうよー」
あっちもこっちもわちゃわちゃと収拾のつかないことを見かねたらしいジュリが、ひと声かけてから先頭に立って歩き出した。
「迷子にならないように」って、すごいナチュラルに手を繋がれたよ。お母さんって何だっけ。
「ジュリ! 転移魔法が使えるなら、それでも大丈夫だよ。あたし目つむってるし!」
「ダーメ。今のオレじゃ、母さんとゼノを一緒に転移させるので精一杯。お客様を置き去りにしちゃ、元も子もないでしょ?」
「うっ……そうだよね、ごめん……」
「怒ってるわけじゃないんだよ。できるかどうかもわからない魔法を、無理に使わなくてもいいんだよって話」
「うん、それなら仕方な……うん?」
できるかどうか、わからない?
ジュリは何を言ってるんだろう。ついさっき、あたしの目の前で転移魔法を使っていたのに。
「この『嘆きの森』はね、実のところ、入り口から出口まで直線距離で100メートルもないんだ」
「はっ、100メートル!? それなら、すぐ近くにうちの屋敷が見えるレベルじゃないの!?」
「普通ならね。でもここは、モンスターの棲みついた『魔の森』だ。森全体に魔力がかけられて、複雑な迷路と化してしまっているんだ」
「やはり、そうだったか……」
「ヴィオさん、知ってたんですか!?」
「行きと帰りで風景がまったく異なっておりましたので、なかなか座標が定められず、リアンもすぐには転移魔法を使えなかったのです」
「セリ様がお眠りの間に、お母様のもとへお連れしたかったのですけれど、思わぬ立ち往生を食らってしまいまして……お恥ずかしい限りですわ」
昨日目を覚ましたとき、ヴィオさんとリアンさんが言い合いをしていたのは、もしかしてそのことだったのか……
「でも、昨日は森を抜けられたし、出られないわけじゃないですよね?」
「えぇ、魔力反応の乏しい、本来の道であろう箇所を探してゴーレムを走らせることで、出口を探し当てることができました」
「昨日のうちにヴィオさんが凶暴なモンスターを倒してしまったって話だし、オレとゼノが『ついてきてごらんなさい』とばかりに地面に転々と咲いた薔薇を辿って森を抜けたときを思い返しても、今そこで蠢いてるみたいな、物騒な魔力反応はなかった」
「へっ……!?」
ジュリの言葉の意味を理解するよりも早く、ぐいと力強いゼノの腕に引き寄せられる。
「お下がりください、セリ様、マザー・ウィンローズ」
「もー……禍々しい魔力だなぁ。昨日より悪化してない?」
「モンスターめ……身の程も知らずに牙を剥こうものなら、この私が斬り捨ててくれる」
「あらあら……私のゴーレムさんたちを、呼ばなくてはいけないかしら?」
剣を抜き払ったゼノと、ヴィオさん。
すっと手のひらを掲げたジュリと、杖を取り出したリアンさん。
「大丈夫よ、セリ。いざというときは、わたくしが盾になるわ」
ぎゅっと励ますように手を握ったオリーヴも、敏感に感じ取っているんだろう。
目には見えないおぞましい『何か』が、すぐ近くまで迫っているだろうことを。
──ケタケタケタ。
息を殺して様子を窺うあたしたちを嘲笑うかのように、どこからか、不気味な鳴き声が響き渡った。