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*22* 魔の森再び

 身体中あんこまみれとか、それどんな大惨事だよと思ったりもしたけど、驚いたことにわらびの中身は良心的な餡(?)だった。


「わー、なんか見覚えあるぞぉ、この風景」


 ベタつくどころか、デオドラントスプレーを吹きかけた後みたいな清涼感あふれる爽快気分。

 存外サラサラとした、ひんやり気持ちいい餡からぺっ! と吐き出されたあたしは、目の前で生い茂る青々とした木々に、早くも悟りを開いた。


「ここは、『嘆きの森』だよね……」


「複数人を一度に転移させるなど、ただのスライムではないな」


「ビッ……!」


「あっ待って! 斬らないで!」


「レディー」


「お願いします……ダメ?」


「……仰せのままに」


 元の手のひらサイズまで縮んだわらびが、ぴゅーんとあたしの首の後ろへ回り込む。

 険しい表情で腰の剣へ手をかけたヴィオさんだけど、慌てて両手を広げて制止すれば、警戒は解かないながらも、ひとまずは見逃してくれた。


 ありがとうございますってお礼を言いたかったのに、それより早く視界を遮るものがある。

 ゼノだ。しなやかな腕で囲い込むようにして、ヴィオさんからあたしを隠している。

 身動きの取りづらい中、なんとか見上げることに成功するも、視線を合わせてくれない。何も言ってくれない。


「幼子の癇癪のようなりんだな、見苦しいぞ」


「何とでも」


 ぴしゃりとひと言のみを放ったゼノは、それ以上の会話を拒絶していた。

 初対面があぁだったから仲良くしろっていうのも難しいとは思うけど、それにしたってゼノとヴィオさんのふたりは、険悪すぎでは?


「心配かけちゃってごめんね。ヴィオさんも、リアンさんも、オリーヴも、みんないい人なの。だから責めないであげて? お願い」


「母さんは人が良すぎるよ! 無理やり誘拐されたってわかってる!? オレがどんな思いをしたのかも、知らないでしょ!?」


 わらびのおかげか、少し頭も冷えたんだろう。

 あたしの肩をつかんで詰め寄るジュリのふた粒の夜空は、じわりとにじんでいた。


「母さんが、オレのたったひとりの家族なのに……オレは、母さんの一番には、なれないの……?」


 一方的なモノローグじゃない。心の叫び、あたしへの訴えだ。これなら受け止めて、返せるね。


「ごめんね、寂しかったよね……大丈夫、あたしはジュリを置いて行ったりしないよ」


「うそつき……」


「ほんとだってば。機嫌直して。ねぇ、どうしたら許してくれる?」


「なら……ハグして、キスして」


「うん?」


「オレばっかで、母さんからしてもらったこと、ないから……」


 段々消え入る語尾。

 やっちまった……と、内心頭を抱えていた。

 しっかり者で、いつも笑っていたジュリも、やっぱり本当は寂しくて、甘えたかったんだね。


「毎日美味しいごはんを作ってくれたり、面白い魔法を見せてくれたり、笑わせてくれたり、ありがとね」


「……うん」


「頑張ってるねぇ、すごいねぇ、ジュリは」


「……うん」


「大好き。あたしの、かわいいかわいいジュリ。愛してる」


 ジュリを抱き寄せて、そっと頬に口づける。

 気恥ずかしいとか、そんな気持ちは一切なかった。


「っ、うんっ……オレも、愛してる……っ!」


 あたしよりも背の高いジュリへ腕を回すと、より強い力で抱きしめ返される。


 かあさん、かあさん……と舌足らずな声であたしを呼びながら、繰り返し頬にキスを落とされる。

 その度にぽろぽろとこぼれる涙が、夜空からこぼれ落ちた、お星様みたいだった。


 啜り泣くジュリを宥めているとき、ぱちりとかち合ったのは、こがねの瞳だ。


「ゼノ──」


「セリ様は、悪くありません。私の……私が不出来で未熟な、がらくただったせいです」


 ようやく聞けた、彼の本心。

 申し訳ありません、と絞り出された声は、震えていた。


「こら、自分を卑下しないの。必死になって助けに来てくれたじゃない。あたしね、正直泣きそうだった」


「ご迷惑……でしたか」


「ううん、嬉しかったの。ゼノはあたしの、立派な騎士だよ」


「セリ様、の……」


 夢中で繰り返したゼノは、唇を噛みしめ、言葉を噛みしめる。


「……えぇ。私のすべては、セリ様のもの。これからもおそばに置いてくださいね」


 最近、わかってきたことがある。

 物静かで、何を考えているのかわかりにくいゼノだけど、色んなことを見て、考えて、わかろうとしてくれてる、歩み寄ろうとしてくれてるって。


 それと生真面目なイメージが強い一方で、褒め言葉に弱くて、ちょっと笑いかけただけでさっと頬を赤らめては頭を撫でられるのを待っている、シャイな子犬みたいなひとだってことも。


「よしよし」


「ずるいー! オレもぉー!」


「うーん、そうだねぇ、よしよーし!」


 腕を伸ばしたら、俯いたゼノの頭へちょうどいい感じに乗っかったので、そのまま癖のある濡れ羽色の髪をわしゃわしゃ掻き回す。

 すぐにジュリから抗議あり。自由だったあたしの左手をさらっては、自分の頭に乗っけてふくれている。

 なんだ、このかわいい生き物は。おかしくなりながら、撫でくり回してやった。


 ジュリもゼノも、そこからじっと動かないで、あたしのいいようにされている。

 自分より大きなわんこと、じゃれてるみたいな感覚だった。


「ふふ、微笑ましいですねぇ」


「そうだな」


「あら、何を拗ねているのかしら? ヴィオ」


「別に」


 少し離れた場所では、くすくすと笑みをこぼすリアンさんが、隣で腕組みをしたヴィオさんに、何やら話しかけていた。

 眉間に皺を寄せたヴィオさんがなんて返したのかは、聞こえなかったけど。


「あ……あの!」


 ひとしきりジュリとゼノの頭を撫で回したところで、頃合いを見計らったように声が張り上げられた。

 オリーヴだった。その顔色は赤いのに青くもあって、華奢な肩がぷるぷると小刻みに震えている。

 人見知りが治ったわけじゃないと思うんだけど……


「わ、わたくしは、西の大地から参りました、オリヴェイラと、申します」


「その独特な魔力反応は……もしかしてあなたが、マザー・ウィンローズ?」


「その通りで、ございます」


 ふと顔を上げたジュリのオニキスが、背後を返り見る。次いで、ゼノのこがね色も。

 泳ぎまくっているペリドットとは、なかなか交わらなかったんだけど……


「ジュリ様、ゼノ様、おふたりに、申し上げねばならないことがございます。──ごめんなさいっ!」


「はっ……?」


 身構えていたジュリだから、まさかのまさか、がばっと物凄い勢いでほぼ直角に低頭されるとは、思いもしなかったらしく。


「わたくしのわがままのせいで、セリに無理を強いてしまい、おふたりにも心労をおかけしました……本当の本当に、ごめんなさいっ!」


 続くオリーヴの告白に、頭を抱えるジュリ。

 すっと右手を挙げて、こう提案した。


「オーケー、ちょっと落ち着いて、話をしよう」

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