ふいの呼び声と、突然の浮遊感。
「へっ……?」
間抜けな声をこぼす頃には、視界がぐにゃりと歪む。
「やっとつかまえた……探したんだからね?」
我に返ったとき、あたしの視界を占めていたのは、にっこりと笑む少年のオニキスの瞳だった。
遅れて自分が横抱きにされていること、しかも淡い青空と近い場所にいることに気づき、絶句。
「え、あっ、えっと……!」
「大丈夫、怖くないからね。言ったでしょ? 『次はもっと上手くやる』って」
何を? なんてわかりきった質問だ。
「ほら、怖くない」
優しすぎるくらいの言葉があって、とん……と地面を踏みしめる感触と共に、宙に浮いた世界から、いつもの景色へと戻ってくる。
これは転移魔法だ。問答無用で屋外へ移動させられた。あたしが、ビビり散らかす暇もないほどに。
「お怪我はありませんね、セリ様」
「んひぃ……!」
うそごめん、絶賛ビビリ散らかしてますなう。
背後からぬっと現れた青年が、表情という表情を根こそぎ削ぎ落としたこがねの瞳で、あたしを射抜いたから。
「あはは、かくれ鬼はオレたちの勝ちだねぇ。さぁて、これからどうしよっか? どうしちゃおっか、ゼノ?」
「では、私が」
「オーケー、援護任せてー」
かたや、お天道様も裸足で逃げ出すであろうシャイニングスマイルの少年。
かたや、閻魔様も泣いて許しを乞うであろう無言無表情威圧感マシマシ美青年。
一見まったく正反対のリアクションをしているようで、ふたりには共通点があった。
瞳から一切のハイライトが消えていること。
そして漫画で言うなら、ゴゴゴゴ……と不穏な効果音を、背景に抱えていることだ。
「あばばばば……!」
ジュリも、ゼノも、めっちゃキレとる!
──正直、後が怖いですけど──
恐れていたことが、現実となってしまった。
* * *
ちょうどいい原っぱだ、隕石とか落ちてきたりしないかな。
そんでピンポイントで脳天に直撃して、ドッカーン。
いやなんだよ、その無駄に宇宙を巻き込む展開は。古のギャグ漫画かよ、夢にしてもないわー(笑) とベッド上でケラケラ笑う、そんなオチ。
とかには、ならないかぁ。
「リアン、母上を」
「ちょっと3歩ほど下がりましょうね、お母様? 1歩、2歩、はーいよろしいですよ」
「ヴィ、ヴィオ、リアン、乱暴はダメよ……!?」
「うふふ、それは彼ら次第かと」
……んぁああ!
ダメだ、これ完全にアウトなやつ!
あかんフラグが建築されてるやつ!!
「セリ様をかどわかした代償は、払っていただきます。お覚悟」
「ふ……やってみるがいい。できるものなら」
「ゼノストーップ! ヴィオさんもやめてくださいね!?」
剣をたずさえた騎士がふたり、対峙する。
ゼノは地底を這うような低音を響かせてブチ切れてるわ、なぜだかヴィオさんは鼻を鳴らして煽りおるわ。
まさに一触即発。放っておいたらろくなことにならないのは、あたしでもわかる。
「ジュリもやめて! あたしは平気だから!」
「んー、今日は晴れたねぇ。このままピクニックとかどうかな? そうだな、うちの屋敷まで!」
「ジュリくーん、君何歳ー? 突発性難聴になるには若すぎるよー!?」
「あははっ、そんなにはしゃがなくても、とびきり美味しいランチをオレが作ってあげるから、ねっ、母さん?」
「言葉は通じるのに会話ができない!!」
それくらい、激怒してるってことだ。
優しいジュリを怒らせると死ぬほどやばいのは、学習済み。
だけどねゼノさん、あなたもですか? あなたも、キレると理性パーンしちゃう系なんですか?
激おこ戦闘態勢のジュリと、ゼノ。
迎撃態勢のヴィオさんと、リアンさん。
「ダメよオリヴェイラ、不毛な争いは止めなくては……あぁでも……うぅっ、おとこのひと、こわい……ぐすっ……」
極めつけは、ここに来て人見知りを発症し、涙目になって震えているオリーヴ。
うん……カオスか?
「ジュリ! 君はできる子! お母さん信じてる! ゼノー? ちょっとこっちでお話しない? ゼノー?」
あははは! と壊れた人形みたいに笑うジュリの腕を引き止めながら、ゼノの名前を連呼する。
結論から言う、何ひとつ改善しなかった。
「助けて……わらび……」
「ビビ?」
もうスライムの手も借りたい。手ないけど。
何も知らないわらびまで巻き込むあたしは最低か? と自己嫌悪に陥っていたら、だ。
「ビヨヨーン」
「ほぇ……? んぉっ!? ちょっ、わらび!?」
任せろ! とばかりに弾みをつけたわらびが、あたしの肩から空中にダイブ。
ぼふんっ!
物理法則も何もかもを無視した、目を疑う光景を見せつけられる。
え、さっきまで手のひらサイズだったよね? 絶対そんな体積なかったよね!?
パニックに陥るほどあり得ない膨張を見せたゼリー状の身体が、スローモーションで頭上から降り注ぐ。
「セリ様っ」
「母さん!」
「母上!」
「お母様!」
入り乱れる人々の叫びも、どこ吹く風。
ぽかんと呆けるあたしとオリーヴも、しっかりと捉え──
「パッ、クン」
白餡に切れ込みを入れたような、お口の中へ。
こうしてあたしたちは、わらび餅に、食べられてしまったのだ。