どんなに美麗なグラフィックゲームでも到底敵わない躍動が、そこにある。
「──遅いっ!」
レイピアを思わせる金色の片手剣が、今にも襲いかかろうとしていた影をまたたく間に貫く。
ヒギィ! と甲高い奇声が上がり、コウモリの身体にブタの顔をかけ合わせたようなモンスターが煙のように消え失せた。
「すごい……」
「お褒めいただき、恐悦至極」
花の名前を持つ美貌の騎士が、月並みな感想しか紡げないあたしへと視線を落とし、ペリドットの瞳を和らげる。
剣を抜いた状態で襲い来るモンスターを悉く撃退し、かつあたしを支えながら、華麗な手綱さばきを披露してみせるという。なんちゅー技術と体幹だ。
「私にすべてをお委ねください、レディー」
「ひぇ……」
そして、この顔面国宝に至近距離で微笑みかけられ、後ろから抱きしめられているという状況……
チート級の、反則なのでは?
* * *
イケメンはイケメンでも、おっぱいがついたイケメンだって知って愕然としたあたしの話、する?
「えぇっと……その、ヴァイオレットさんは、」
「お気軽にお呼びください。ヴィオ、と」
「おぉうふ……」
だからね、そうやって傷口に塩ぶち込んでくるのやめてくんない?
ヴァイオレットさんもといヴィオさんは、女性だったらしい。
ただでさえ衝撃で挙動不審なのに、あふれんばかりのイケメンオーラを惜しげもなく注がれるんだぞ、ご褒美通り越して罰ゲームだぞ、これ。
すがる思いで視線を逸らしたら、「私も同じく、リアンとお呼びいただきたいですわ」と、小刻みに肩を震わせてヴィオさんに賛同するリアンさんがいた。
絶対面白がってる。ここにあたしの味方はいないの?
「とりあえず……あたしを、気絶させてください」
「何をおっしゃるのですか!?」
「一応おふたりに敵意がないことはわかったので、その主さん? にとっとと会って、話をしようかと。意識がない間に転移魔法使ってもらえれば、あたしも平気だし……」
「レディー……?」
「ほら、屋敷から連れ出したときみたいに、ふわっと意識飛ばしてもらって……あ、魔法がダメなら殴ってもらってもいいんですけど……え、ダメ?」
「あなたというお方は……いけません、絶対に」
ビビリ散らかして醜態をさらすより名案だと思ったのに、ダメらしい。
ヴィオさんだけでなくリアンさんも失笑していたので、あたしはまたやらかしたのか。
「よろしいですか、セリ様」
「は、はい、何ですか、リアンさん」
「あなたと私共に流れるマナの源は、根本から違うものです。異なる魔力と魔力の衝突は、とても繊細で、危険なもの。時として命を脅かすことすらあるのです」
「そ、そういえば、ジュリがそんなことを言っていたような……」
「では、おわかりいただけますね。先ほどはやむを得ず催眠魔法を行使いたしましたが、その影響で、セリ様の体内には私の魔力──言うなれば異物が残っている状態です」
「それで……?」
「同じ日に2度も魔法を受けてしまえば、あなたの魔力が過剰反応を起こし、催眠作用に留まらず、ショック状態に陥ってしまう可能性があるのです」
「アナフィラキシー的な!?」
どうしよう、やばいやつじゃん。
二日酔いなら経験はあるけど、吐き気が辛いとか、そんなレベルのお話じゃないだろう。
「じゃあやっぱり、ここは景気よく一発入れてもらって……」
「私にあなたを傷つけろとおっしゃるのですか? お戯れもほどほどに」
「う……」
あたしが話す度、どんどんヴィオさんの表情が剥がれ落ちていくの、恐怖でしかないんですけど。
いやでも、じゃあどうしろって言うのさ。
「遊興をご所望でしたら、私がお付き合いいたします。遠乗りなどいかがでしょう、レディー」
「ふぇ、とおのり?」
とおのり、遠乗り。
あれだよね、お馬さんに乗るやつ。でもここにいなくない? お馬さん。
間抜け面をさらすあたしの背後で、「まぁ、それは名案だわ!」とリアンさんが拍手を打ち鳴らす。
と思ったら、パキリ、パキリと、身近な木の枝を2本手折った。
「樹皮の身体に、琥珀の瞳、たてがみは色とりどりの小花が彩って、蹄が蹴った地面には、真っ赤な薔薇が咲き誇る──あぁ、なんて素敵なのかしら!」
歌うように、おとぎ話を紡ぐように。
緑色の宝石がはめ込まれた小振りな木製の杖を、指揮棒のように振るうリアンさん。
その白い指先を離れた2本の枝が空中でまばゆい光を発し、見る間に2頭の馬をかたち作った。
「あれは……」
「ゴーレムです。風や土の魔法を得意とするリアンは、このように自在な姿かたちのゴーレムを錬成し、操ることができるのです」
「うん? チートがここにもいるぞ……?」
うわ、本当に身体が樹皮でできてるし、足元に薔薇が……「うふふ、照れますわ、セリ様」……ってあの、まだ褒めてませんが。
「失礼」
「わっ!」
何が起こったのかわからない。気づいたときには、遥か頭上にあるゴーレムの背へ跨っていた。
うそでしょ? あの華奢な腕で、あたしを軽々と。
「モンスターは私がすべて蹴散らします。さぁ、この森を駆け抜けましょう、レディー・セリ」
颯爽とゴーレムに飛び乗り、後ろから抱きしめるように支えてくるヴィオさんは、騎士というよりも王子様だった。