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隙間風
一希児雄
ホラー怪談
2024年09月28日
公開日
1,325文字
完結
ごく普通のサラリーマンが身の毛もよだつ恐怖を味わう…。

隙間風

 その日の僕はとても疲れていた。残業が終わり、ヘトヘトになりながら終電近くの電車に乗り込んだ。深夜という事もあり、車両内には僕を含めたった2人しか乗っていない。

 僕はドア横の席にドッと座り込んだ。もう一人の乗客は3~40代くらいの男性で、僕の向かい側の席に俯いて座っていた。

 車内は実に静かなものだ。聞こえてくるのは、ガタンゴトンとレールのつなぎ目を通過する時の音と、ドアの細い隙間を通る風の音だけだった。隙間風の音はヒューヒューと口笛のように鳴っていたが、時折人間の唸り声のようにも聞こえた。深夜、人が少ない電車でそんな音を聞くのは、なんとも不気味なものだ。

 会社から自宅までは約1時間半はかかるので、僕は揺れる電車に身を任せ、一眠りつく事にした。隙間風の音を聞いているうちにうつらうつらし始め、眠りに入ろうとした…その時、僕は妙な音に気が付いた。

 風に交じって、何かの泣き声のような音が聞こえてきた。耳を傾けると、その音は、オギャーオギャーと赤ちゃんが泣いているようだった。

『外に赤ちゃんを抱いた人がいるのかな?』

 僕は目を覚まし、窓の外を見た。

 電車は走っていた。車両内もさっきと同じく2人だけなので、赤ちゃんの声など聞こえるわけがないのだ。

『空耳かなぁ…?』

 隙間風の音が泣き声のように聞こえただけなのかもしれない。気のせいかと思いつつ、僕は再び眠ろうとした。

「オギャー‼オギャー‼」

 僕はまた目を覚ましてそれを聞いた。幻聴なんかじゃない。間違いなく赤ん坊の泣き声だ。

『い…一体どこから聞こえてくるんだろう…!』僕は辺りを見回した。すると、突如ドアの窓をドンと叩く音がし、僕は吃驚して振り向いた。


 あまりにも悍ましい光景に、背筋が凍った。


 走行する電車の窓に、全身血まみれの女がベタッと張り付いていた。鬼のような凄まじい形相を浮かべながら車内を覗き込み、「オギャー‼オギャー‼」と、赤ん坊のような泣き声を上げていた。僕は恐怖で声が出ず、大量の冷や汗を搔きながらガタガタと身を震わせた。僕はその場から逃げ出そうと思ったが、身体が椅子に釘付けにされたかのようで動く事が出来ない。僕は金縛りのような状態に陥っていたのだ。

『こ、これは夢に違いない!夢なら早く醒めろ!醒めてくれ‼』僕は心の中で必死で叫んだ。『頼む!醒めろ!醒めるんだ‼』恐ろしい悪夢の世界から脱しようと、何度も何度も何度も何度も叫んだ。

 その時だった。

「お、俺が悪かった!許してくれぇ‼」

 向かい側に座っていた男性が、青ざめた顔でドアの窓に向かって叫んでいる。どうやら男性にも血まみれの女が見えているようだ。女は男性をギッと睨みつけ、赤ん坊のような泣き声を一段と張り上げた。

「オギャー‼オギャー‼オギャー‼オギャー‼…」

 男性は狂ったように悲鳴を上げ、後ろの車両へと逃げ出した。女もその後を追って、虫のように電車の窓を這って行った。

 電車は駅に到着した。男性が慌てて外に飛び出し、ホームの階段を走って降りていく姿が見えた。そして、それを追いかける女の影も…。


 それから数日後、妊婦の愛人を人身事故に見せかけ殺害した男が逮捕された…というニュースが報道された。僕はそれを見て、あの深夜に体験した出来事の全てを悟った…。

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