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桃太郎、危機一髪!
理乃碧王
文芸・その他童話
2024年09月28日
公開日
3,487文字
連載中
桃から生まれた――桃太郎!

彼、桃太郎はそう叫び、桃から飛び出したかった。
しかし、そんなことは出来る余裕が全くなかった。
桃太郎に迫るは『おばあさんの切れ味鋭い包丁』だ。
あと数センチ食い込めば、桃太郎の脳天はパックリと割れてしまう。
これは出オチを免れたい桃太郎と、桃が食べたいおじいさんとおばあさんの熱くも笑える物語である。

桃太郎、危機一髪!

「桃から生まれた――桃太郎!」


 ワシこと桃太郎は激しくそう叫びたかった。

 このお話はよい子がみーんな知っているおとぎ話『桃太郎』じゃぞ。


 ――むかーし、むかし、あるところに。


 の定型句で始まり!


 ――おじいさんは山へ芝刈りへ、おばあさんは川へ洗濯に。


 で始まるアレじゃ!


「この桃は固いのう」


 おばあさんの切れ味鋭い包丁がワシの眼前に迫る。

 本来のストーリーラインであれば、桃がド派手に割れて、主人公であるワシが登場したいところなのだが――。


「むぐぐぐ!」


 いきなりの大ピンチじゃ。

 後、数センチ包丁が食い込めば、ワシの頭が割れてしまう。

 ワシは真剣白刃取りにて受け止めてる危機的状態なのじゃ。


「ええーいっ! ばあさん! 何をやっておるか!」

「しょうがないじゃろ! この桃が物凄く固いんじゃよ!」


 おばあさんが飛び跳ねながら、グイグイと体重を乗せる。

 ワシの両手は震えながらも何とかこらえる。


「キェーイ! キェェェイ!」


 おばあさんの猿叫が響く。

 しかし、このおばあさんは何という力じゃ。

 流石は日ごろの農作業で鍛えられた腕力かいなぢからといったところか。


「ピーチング! パワアアアアアッ!」


 ワシは桃太郎、こんなことで負けてなるものか!

 必死こいて包丁を受け止め続ける!


「おい、ばあさんや……桃から人の声が聞こえなかったか?」

「じいさんやボケるにはまだ早いぞい! 気のせいじゃ、気のせいじゃ!」


 物語の序盤も序盤で『デッドエンド』なんてたまらない。

 どうしてこうなった、こんな展開おかしいだろう。

 出オチだけは勘弁じゃ。

 生まれる瞬間に死にかける主人公なんてどこにいる。

 この物語に転生もクソもない『死んだらお終い』なのじゃ。


 犬も、猿も、雉も、きびだんごで仲間にすることもなく、鬼ヶ島で鬼退治する前に物語が終了してしまう。

 そんな展開、この『桃太郎』を読む君達が許さないはずじゃ。


 みんな、ワシに……ワシに力を貸してくれ!

 さぁ、この桃太郎を応援してくれ!

 合言葉は一つッ!

 せーのっ!


 ――ピーチング! パワアアアアアッ!


「げっ!」


 桃の外から枯れた声が聞こえた。

 そう、おばあさんの声じゃ。

 そして、ワシは奇跡に気づいてしもうた。

 なんと、あの切れ味鋭い包丁に亀裂が入り粉々に砕け散っていた。


 どういう原理かはわからぬ……。

 おそらくは『主人公補正』が入ったのじゃろう。

 細かい科学的根拠はこの際ナシにしてくれ。

 桃太郎とこの短編を読む読者の皆さんの想いによる奇跡!

 そういうことにしてくれ、というかしろ。


「ど、どうした! ばあさん!」

「せ、関の刀匠が作った包丁が粉々に砕け散ってしもうた……」

「げげっ!? それではこのデカい桃が食えんではないか!」

「しょうがないじゃろ! 固いんだから!」


 おばあさんはそう述べると「どんぶらこ」の掛け声で桃を抱え上げた。

 その力はまるで力太郎じゃ、おとぎ違いのその力にワシは驚く。


「お、おい、ばあさん、その桃をどうするつもりじゃ?」

「じいさん、この桃は欠陥品じゃ。捨てるしかないじゃろう」


 お、おい! おばあさん! お前は何を考えてる!

 桃を捨てちまったら『桃太郎が終わっちまう』だろうが!


「それを捨てるなんてとんでもない!」


 外からおじいさんの声が聞こえたぞ。

 グッジョブじゃ、おじいさん。

 この桃を捨てるなんてとんでもないことじゃ。


「その桃は……その桃だけは捨ててはいかんぞ!」


 おじいさんの懇願する声がする。

 床に頭を打ちつける音がすることから、日本の伝統的な懇願する作法である『土下座』をしているのだろう。


「頼む! ばあさん! デカい桃を食うのはワシの夢! 悲願なんじゃ! 捨てることだけはやめてくれ!」

「お、おじいさん……なんじゃ……そのアホみたいな夢は……」

「頼む、お願いじゃ、お願いじゃ! 元服する前のワシは家が貧乏じゃった! だから『一度でいいから桃をたらふく食ってみたい』! そう願いこれまで生きてきたのじゃよ!」

「何を急にわけのわからんことを言っとるんじゃ。この桃を拾ってきたのはワシじゃぞ? どう処理しようがワシに権利がある!」

「それはわかっとる! でも、これは……このことだけは譲れん! 頼む! 頼むから!」


 何度も何度も床に頭を打ち付ける音がした。

 その懇願におばあさんは折れたのか、


「ちっ」


 舌打ちして、ワシが入る桃を床に置いた。

 どうやら、桃を捨てることを諦めたようじゃ。

 正直、ワシはほっとしている。

 桃が捨てられてENDとか目も当てられない。


「ならば、おじいさんよ。この桃はお主が責任もって切り崩すのじゃ」

「やったーっ! 後はワシに任せてくれィ!」


 おじいさんの威勢のいい声が聞こえた。

 その声は喜びと嬉しさに満ち溢れていた。

 よーし……やるならこのタイミングじゃ。

 今より、この桃から飛び出して――。


「ちょいや!」


 ザクッ!

 と鈍い音がした。

 音の方角を見ると、ワシの右頬を鋭利な刃物が切り裂いた。

 恐る恐る見ると、それは槍じゃった。


「押してダメなら引いてみな! 切ってダメなら刺してみなじゃ!」


 なんでそーなるのっ!

 普通は桃を切るはずなのに、おじいさんは刺しやがったのじゃ。


「むっ……槍が抜けん……ここから『中身をくりぬいて果肉を食らおう』と思ってたのじゃが……」


 どんな高等な食い方じゃ!

 このおじいさん、一体何を考えて――。


「おばあさん! この家に置く武器をありったけ持ってくるのじゃ!」

「はあ? 一体何をするつもりじゃ」

「言われた通りにせい! ワシは絶対にこの桃を食べてみせるわ!」

「ふっ……全く頑固なじい様じゃな。昔っから決めたことは曲げようとせぬ。そこがまたカッコいいんじゃがな」


 何だか、ガチャガチャと音がする。

 何れも金属と金属が打ち合わせる音なのは間違いない。


「若き旅人だった頃! ダンジョン探索で手に入れた武器の数々! 今こそ試すときじゃ!」

「おお! カッコいいぞい! おじいさんや!」


 ダ、ダンジョン探索!?

 ま、待て! このお話はおとぎ話――。


「名のある銘刀! ムラサメじゃ!」

「ほわあっ!」

「稲妻の一撃! 雷神の剣じゃ!」

「ビリっと!」

「吹雪の刺突! ブリザードソードじゃ!」

「ひゃわっ!」


 ファンタジックな剣が次々と突き刺さる。

 ワシは柔軟な赤ん坊ボディにより、何とかかわし続ける。

 そうか、おとぎ話も一種のファンタジー。

 このような強そうな武器があってもおかしくない世界観――。


「どれもこれもダメか。然らば、この『フレイムオーブワンド』を使うぞ!」


 ふれいむおーぶわんど?

 なんじゃそれは……。


「切っても刺してもダメなら焼いてみな! こうなったら『焼きピーチ』にするぞ!」


 ま、待て……お主はこれから一体何を……。


「モモモトンキビキビタン! 出でよ炎!」


 おじいさんがおかしな掛け声をする。

 すると何だか熱くなってきた。

 どうやら、火を起こしてこの桃を焼こうとしているらしい。


「ガハハッ! 燃えろ燃えろ!」


 あ、熱い……。

 な、なんてことだ……。

 ワシはこのまま焼け死ぬのか?

 と桃の中で涙するが――。


「おじいさん、火が消えちまったぞい」

「な、なんと!?」

「おじいさんが突き刺したブリザードソードの効果のようじゃ」


 何と火が消えたそうじゃ。

 そういえば、先程から涼しい冷風が桃の中を通り抜けて心地が良い。

 どうやら、突き刺した氷のように薄い刀身の剣がワシを守ってくれたようじゃな。

 かんらかんら!


「全くとんでもない桃じゃ……ばあさん、ワシは諦めたよ。この桃はもう捨てよう」


 な、なんじゃと!

 あ、諦めて捨てるじゃと!?

 これまでの展開はなんじゃったんじゃ!

 ワシは桃の中で激しく憤った。


「情けないおじいさんじゃな。最後にが残っているじゃぞ」

「そ、それは……」

「エクスカリバー、おじいさんが若い頃に苦労して入手した剣じゃ」


 エクスカリバー!

 ゲームでは有名な伝説の剣ではないか!

 何でそんなものが、この桃太郎の世界に――。


「ダメ元でやってみい」

「し、しかし……」

。おじいさんが若い頃の口癖じゃったろ」

「……そんなことを言ったことがあるな」

「やってみるんじゃ。昔はと呼ばれたんじゃろ?」

「あ、ありがとう……女賢者おばあさん。ワシは長き悠久の時を過ごすことで大事なことを忘れていた……」


 ああ、何てことだ。

 この桃太郎は物語の序盤で終わる――。


「それは『諦めない心』じゃ!」

「そうじゃ! その心じゃ! 勇者ジジス!」

「やあっ!」


 カチッ!

 と音がした。

 それは何かのスイッチが入る音、即ちフラグ。

 イベントの条件が全て整った音。

 ワシは黄金の光に包まれる。

 そうか、これまでのことはこの時のため!


「桃から生まれた――桃太郎!」


 桃は割れ、ワシは勢いよく勢いよく飛び出した。

 桃太郎の伝説はこれより始まるのじゃ。

 かなりおかしい始まりじゃがな。


 <めでたし、めでたし>

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