現王と新王の決闘による即位の儀──あの夏の日から三ヶ月が経過した。
今ではナハトベルグもすっかり秋模様。城下に続くプラタナス並木も海まで繋がる
これから寒い冬を迎える今日。ベルティーナはミランと満天の星の下、結婚式を行った。
夜を愛する翳りの国──その世界は神に対する信仰が無い。だからこそ何に永遠の誓いを立てるのかといえば──彼らが最も愛する夜の闇、空に瞬く星や月に誓いを立てるものだ。
二人の挙式は、ベルティーナの城の庭園で行われた。
秋になり、花の数は幾分も少なくなったものの、今現在は初夏に植えたベラドンナやトリカブト等の毒花が満開に咲き誇り、空に咲き誇る満月の元、妖しくも美しい景観となっていた。
その高台──東屋で二人は手を取り合い、誓いの儀を行っていた真っ最中だった。
それを見守るのは、女王に城の使用人達、ベルティーナの侍女達や彼の
「全てを包み込む父なる闇に誓う。妻、ベルティーナを命尽きるその日まで愛し、守り抜く事を誓う」
「闇を照らし翳りを生む、母なる月と星々に誓う。夫、ミランを命尽きるその日まで愛し、支え続ける事を──」
祈るよう願うように言ってベルティーナが空を見上げた時だった。
ベルティーナの目には一際輝く星を見付けた。
……確か、この世界では死者は星になるとミランはいつだか言っただろう。人間の世界でも死者は天使になる以外にも星となると言われていた事をベルティーナはふと思い出した。
ふと眩い星を見て、ベルティーナの脳裏に過ぎったのは、自分を育てた賢女の皺だらけの顔だった。
────お婆様?
ぽつりとベルティーナが心の中で呟いた途端だった。
視界は瞬く間に暗転し、ベルティーナは一寸先も見えない闇の中に導かれた。
それは魔に墜ちたばかりの時、自分の
ベルティーナは、またか。と辺りを見渡して間もなくだった。カツカツと音を鳴らして何かが自分に近付いてくる事を直ぐに悟った。この音は明らかに聞き覚えがある。それは賢女がついていた杖の音だと気付くのは直ぐで──ベルティーナが目を瞠った矢先だった。
「はぁ、なんだい。その間抜け面は」
嗄れた声で言って姿を現したのは、五年も昔に亡くなった筈の賢女だった。
……久しぶりの再会なのに、酷い言いようである。ベルティーナは直ぐに唇を拉げて鼻を鳴らすが、それが面白かったのか賢女はククと喉を鳴らして笑う。
「久しぶりね。で、何よお婆さま。貴女、とっくの昔に亡くなったのでなくて?」
毅然としてベルティーナが切り返すと、賢女は頷き、ベルティーナの間近まで歩み寄った。
「そうさ。死んでるさ。だけどね、あんたに最後にちゃんと伝えなきゃいけない事があってな」
そう言って、賢女は手を伸ばしベルティーナの頬を優しく撫でた。
「……ベルティーナ。私はあんたを娘のように孫のように心から愛してたよ。当然のように情だってあった。だがな、言葉にする事は出来なかった。何も出来なかった事が何よりも心苦しかった。仕方なかったとは言え、あんたには寂しい思いを沢山させたね」
言われた言葉にベルティーナは目を瞠り、唇を震わせる。
「今更何よ……そんな事言われたって」
どう反応したら良いかも分からない。どんな顔をしたら良いかも分からない。それなのに、心の奥が焼けるように熱くなり、視界が霞みたちまち自分の眦から熱い滴が流れ落ちる事だけを感じた。
「ずっと見守っていたさ。そう思ったって仕方ないとは思うが、もう二度と馬鹿な恨み辛みなんて抱くんじゃないよ? だけど一つ最後に教えないとね……小賢しい程に聡く賢いあんたなら覚えられる筈さ」
そう言って、賢女は皺だらけの口元を緩やかに動かした。
────恨もうが果たそうが何も変わらない。恨めしい事への最高の復讐は〝幸福〟以上のものは無いと。
それを言うと、賢女はニコリと笑んで、満足そうに頷いた。
……確かにそうだろう。それ以上の復讐なんて無いだろう。ベルティーナは納得して頷くと賢女は彼女の背を優しく叩く。
「可愛い可愛い私の花。翳りに咲き、その地で幸せにおなり。いいかい? この先も小賢しい程に聡くあるように」
優しい声で賢女が告げた途端だった。
賢女の身はたちまち薄紫の光の粒子に変わり果てた。その光はやがて蝶の形を形成し、ヒラヒラと飛び立つと闇の奥へ光る一つの光になってしまった。
「──お婆様!」
ベルティーナは叫ぶ。しかし、その声はもう届きもしなかった。
それから二拍、三拍と経過してからだった。
「……おい、ベル? ベル……大丈夫か?」
間近から響くミランの声に促され、ベルティーナははっと意識を取り戻した。
自分の視界の先、一際輝く星の色は闇の奥に光っていた賢女だったものと全く同じ色。
────あれは嘘ではない。幻でもない。きっと……そう。
なんとなくそう悟って、自然とベルティーナの瞳には分厚い水膜が張った。
──泣いていてはいけない。小賢しい程に聡くある事が約束だ。それに最高の復讐は自分の幸福なのだから。
ベルティーナは涙で濡れた瞳を真正面に立つミランに向けて、ふわりと笑んだ。
「……ええ、喜んで誓うわ。私は貴方と生きる。ここが私の居場所。私は、この翳りの国で貴方の隣で咲き誇るわ」
涙ながらにベルティーナがはっきりと途端だった。
彼に頤を摘ままれ上を向かされた。そして交わされるのは何よりも甘やかな口付けで──。
二人は満天の星と闇に祝福され、永遠の愛を誓い合った。
──薔薇の茨では生ぬるい。その冷たさを
そう呼ばれた彼女は翳りの国で夜の祝福を受け、後の生涯をつがいである竜王ミランと寄り添い、二人の間に出来た沢山の子供達と幸せに生活したらしい。
彼女は妖しくも美しい毒の花を咲かせた竜。華竜の王妃とさえ呼ばれたらしい。その美しさは、魔性の者達を魅了する程に美しかったと言われている。
しかし、翳りの国は
だが、小賢しい程に聡明な彼女のお陰で救われた命は数知れず。王妃でありながらもナハトベルグの原初の薬師として、彼女の存在は後に語り継がれたと言われている。