次にベルティーナは目を覚ました時、尋常では無い身体の怠さに起き上がる事も出来なかった。
……確か、あの日明け方に魔性化して。それで夜の祝福を受けて。一連の事を思い出した。
魔に墜ちれば身体が怠くなる事は憶測が立っていた。何せ、ハンナは四日も目を覚まさなかった程だ。
……自分は果たしてどのくらい寝ていたのか。そんな風に思うが、どうやら指先はきちんと動く。瞼を伏せたままベルティーナは寝返りを打とうとするが、まるで何かに縛り付けられているかのようで身動き一つも取れなかった。
──────な、何よ。
ベルティーナは緩やかに瞼を持ち上げるが……途端に硬直した。くっつきそうな程、近くにミランの寝顔があるのだ。ベルティーナは漏れ出そうになる悲鳴を必死に堪えた。
そうだ。自分は、庭園に佇む塔の中に監禁されたのだ。罰を受けるという言葉に二言は無いと言い、その後……。
その一連の出来事を思い出した途端に、ベルティーナは羞恥でプルプルと震え上がる。
あれから何日が経過したのだろう。だが、彼の顔の傷を見る限り、そんなに時間が経っていないように思う。
……手負いの獣は、危険だとよく言うものだ。
手負いにさせたのは紛れも無く自分ではあるが、確かに危険だっただろう。そんな事を思い出しつつ、ベルティーナが唇をモゴモゴと動かしていればミランは薄く目を開いた。
「……起きたのか?」
──昼間は本当に可愛かった。なんて、続け様に甘やかに言うものだから、ベルティーナは真っ赤になって首を横に振る。
それで分かった。本当に昨日の今日。未だ一日も経っていないのだと……。
「そ、そういうのは……恥ずかしいから止めて頂戴」
「そう。でも綺麗だった」
それはもう、本当に愛おしげに甘やかに言うもんだから、羞恥を覚えたベルティーナは狼狽え彼の胸の中に顔を埋めた。
「え、何……もう夜だけど。そろそろ起きなきゃいけないけど、まだいいのか? さて、遅刻理由は何て言おう……」
ミランは真面目になって言うものだが、全く見当違いな言葉にベルティーナは呆れさえ覚えてしまった。それでも嫌な気がしないもので、ベルティーナは苦笑いを溢す。
「そうじゃないわよ。その……私が負わせた傷、結構痛かったでしょう……? 怪我の処置、後でちゃんとしないと。私の背中から生えてる蔦、神経毒があるみたいだし……」
心配気に訊くとミランは直ぐに首を横に振るい、ベルティーナの髪を優しい手つきで撫で始めた。
「平気。だから、大袈裟なんだよベルは……だけど、そうやって治療に駆け回ってくれたお陰であの火災では死傷者が出なかった。お前に守られた部分もある。だから、本当ベルがいてくれて助かった。ありがと……」
穏やかにミランに礼を述べられ、ベルティーナは胸の内が仄かに暖かくなった事を自覚した。
しかし、以前のような焼けるような熱さは無い。それはもう心地よい程に暖かなもので、ベルティーナは心から幸せに思い、気付けば
それがやがて、水流となり嗚咽が溢れ始めると、ミランはベルティーナを抱き直し優しく背を摩る。
「本当は案外泣き虫なんだな。俺のお姫様は……」
「そんな、わけ……ないじゃない。だけどなんだろう。幸せで、嬉しくて、寂しくなくて。私本当にこんなに幸せでいいのかしらって……思って」
嗚咽が絡み、上手く言葉にも出せないが、それでも、嬉しいと何度も言葉に出すと、ミランは少し困ったように笑んで、ベルティーナの頬に流れる涙をぺろりと舐めた。
「これから沢山幸せにしてやる。俺は必ず母親に勝って王位を継承する。子供も出来れば家族だって増える。賑やかな城にしよう。それと、ベル……」
真面目な口調で愛称を呼ばれてベルティーナは涙を拭って彼を見上げた。
「何があろうが、お前の居場所は翳りの国ナハトベルグ……俺の隣だって事を絶対に忘れないでくれ。絶対に、絶対に……この約束だけは俺、破らないから」
──誰よりも愛してる。と甘やかに告げて、ミランはベルティーナの唇に触れるだけの口付けを落とした。
「私も、貴方を愛してるわ、ミラン」
──愛してくれてありがとう。私を認めてくれてありがとう。と、囁くように告げたベルティーナの声は闇の中へと解けて消えた。