(うわあ。初日から全力疾走だ。気合入れ過ぎじゃないですか?)
ステファノは、ドイルとヨシズミとの対話が存在したことを知っている。この世界が偽りに満ちているということを一緒に聞かされていた。
その前提があれば、「世界の真理」を訴えるドイルの気持ちは理解できる。
しかし、他の生徒はどうか? いきなり初対面の講師から「世界の真理」を教えると言われて、信頼を置けるだろうか?
(ああ、これをぶち込むためにわざと揺さぶりをかけたのか)
「戦うにしろ、共に歩むにしろ」とドイルは言った。「可能性を捨ててしまって良いのか?」と生徒に迫るつもりなのだ。「この教室で何が起きるか、見届けなくて良いのか?」と。
教室の一番隅で、小さな手を上げている生徒がいた。サントスであった。
「質問か? 何だね?」
「世界の真理とはナニ……ですか?」
「良い質問だが、無理がある。一言で答えられるならこの講座は要らないからね? だが、あえて一言でいうならば、だ」
ドイルは大げさに両手を広げた。
「魔術なんてものは
(あぁー、やっちゃった。話が急すぎるでしょう? 魔術師が俺だけで助かったよ)
それからの1時間、ドイルは魔術師がいかにいかさまであるかというテーマを語り続けた。
その中でイデアについて語り、因果の引力について説明した。
「……すなわち、魔術師とは己の狭い器量の中で手に入る因果の律を手探りで掴み取り、無関係な現実界に再現するという無秩序の体現者である」
それが汗だくになってのドイルの結論だった。
生徒は言葉もなく、引いていた。
(そうなるよね。魔術があって当たり前の世界で生活しているんだもの。それが火事場泥棒だと言われて、すぐに納得はできないよ)
生徒の反応を見ていくらか冷静を取り戻したのであろう。ドイルは汗を拭きながら、咳払いをした。
「う、オホン。
やっとその話になったかと、生徒に顔色が戻って来た。
「私は『ギフト持ち』の1人なんだが、知っての通りギフトというものはコストなしに使用することができる」
魔力も同じである。一応「力」と呼ばれてはいるが、使用しても枯渇するものではなく、体や精神が疲れ果てるということもない。
「それでいて、無尽蔵に使えるわけではないし、連続で使えるスピードにも限界がある。それはなぜだろうか?」
もちろんギフトと同時に使用する身体器官は普通に疲労する。ドイルで言えば「タイム・スライシング」はノーコストだがそれによって使役される脳は思考の負荷によって疲弊するという現象が起こる。
「ギフトの本質を測定する装置は
そう言い切ると、ドイルは後も見ずに教室を出て行った。
◆◆◆
「何だ、あれは?」
憤懣やるかたないのはスールーであった。
「無茶苦茶じゃないか。身勝手で独りよがりだ」
「自分のことか?」
「冗談じゃない! 僕はあんなじゃないぞ」
サントスのツッコみも何のその、スールーはドイルへの文句をあげつらった。
「あの先生の人間性が嫌いなのは良くわかりましたよ。それで、学問的にはどうなんですか?」
「そこな。性格とか言葉遣いとかを除外すれば、言っていることはまとも」
「何だと? あんな乱暴な理屈があってたまるか?」
サントスはスールーと受け止め方が大分違うようだ。
「良く聞けば乱暴じゃない。魔術師がでたらめだと言っているだけ」
サントスはステファノの顔をちらりと見ながら言った。魔術師である彼に気を使ったのであろう。
「気にしなくて大丈夫ですよ。俺は魔術師代表でも何でもありませんから」
「さすがの面の皮。スールーは感情的になり過ぎ」
「そんなことは……ない。ちょっと腹立たしいだけだ」
声を荒らげかけたスールーは自分の振る舞いに気づいたのだろう。振り上げかけた手を降ろして、顔をしかめた。
「これで今週の授業は終わりです。お茶でも飲んで落ちつきましょうよ」
ステファノの提案で3人は食堂に向かった。
何となく落ちつきそうだというイメージで、今日は3人とも紅茶を注文し、それぞれにトレイを受け取ってテーブルについた。
「あのー、これはちょっと言いにくいことなんですが……」
「珍しい。ステファノが気を使う?」
サントスが前髪の下で目を細めた。
「実は、ドイル先生とは以前から知り合いなんです」
「はあっ? お前、あいつを知っていたのか?」
「ええ。ネルソン商会に出入りしている人なので」
こみいった話を避けて、ステファノはドイルとネルソン商会の関わり合いを自分との接点であるように説明した。
「ああ見えて、学問に関しては超一流でネルソン商会の知恵袋なんです」
「ネルソンの参謀役なら確かに一流」
「信じられんことだがな」
アカデミー入学と卒業の最年少記録保持者であること、特殊なギフト所持者で常人の数十倍のスピードで思考できること、自分に学問の手解きをしてくれアカデミーへの道を開いてくれた恩人であることなどを打ち明けた。
「講師と個人的な関係があると知れると、他の生徒から不正を疑われるかもしれません。できればこのことは秘密にして下さい」
「それは構わん。吹聴して面白い話でもないからな」
「教師と知り合いの生徒など珍しくない。公平性とは別の話」
「助かります」
妙な噂が流れれば、自分よりドイルの立場に傷がつくだろう。自分が元で、せっかく戻れたアカデミーから追い出されるようなことになっては申し訳がないと、ステファノは思っていた。
「
ステファノはぽつりとつぶやいた。
「
「そうだと思った。スールーは引っ掛かり過ぎ」
「う、うん。いささか大人げなかったとは思う。向こうが向こうだったもので……」
ステファノの気まずさを理解して、スールーは少し冷静さを取り戻しつつあった。
「大人げないと言えば、ドイル先生ほど大人げない人はいません。それが元で、アカデミーと貴族社会を追われた人なんです」
「それは……」
平民であるが貴族社会との接点が多いスールーには、それがどれほどの意味を持つか理解できる。社会的な抹殺に等しい仕打ちであった。
「だから許してやれとは言いません。悪いところは責められるべきなので。ただ、ドイル先生が本気で伝えようとしていることには耳を傾けてほしいんです。あの人ほど世界を見通す目を持つ人を、俺は他に知りません」
「『万能科学』ははったりではないというのだな?」
スールーがにやりと笑った。
「違います。あの人にとって科学こそ万能なのです」
「魔術ではなく、だな?」
サントスが確認するように言った。
「面白い。面白くなるかもな、サントス?」
「少なくとも普通じゃない」
サントスは「バラ色の未来」でドイルを見ていた。
「あの人の脳は血がにじむような色で光っている」