その後もステファノはドイルとやり取りを重ねた。
魔術とは教わって身につく物なのか?
「イデアに近いところにいる人間は魔術師になる資格を持っている。遠い人間はなれない。それが第一の関門だ。次にリンクを感じることができるかどうか。それが第二の関門。
「一般に第一の関門を『魔力の有無』と称し、第二の関門を『魔力の知覚』と呼ぶ。
「魔術の訓練法は『魔力の知覚』を教えることと同義です。導師となる魔術師は生徒の前で『イデアとのリンク』を実演します。それを生徒は『魔力』と認識し、自分の知覚範囲にあるイデアとのリンクを確立します。
「それが『魔術を得る』ということです」
「
それらの組み合わせは「属性同士の相性」と理解されていたが、ドイルの説によればそうではない。
リンクを得たイデアそのものがどのような現象かで決まるのだと言う。
「火はそもそも空気の動きを伴います。ほとんどの場合光を発しているでしょう。イデアの本質によって決まるその組み合わせを、
「魔術の種類とは、『因』となるイデアにつながる『現象』を選んでいるに過ぎない。また、ある時は複数の『果』を同時に呼んで高度な術と為す」
そのような「伝統的な魔術教育」ではステファノが魔術に覚醒することはないだろうと言うのが、ドイルの診立てであった。
「君はギフトによりイデアを観測することができる。『魔術』によって呼び込めるリンクが手の届く範囲にあるのであれば、『始原の光』などという大仰な物に頼らなくとも直接イデアを引き当てられるはずだ。逆説的だが、それができないということはリンクに恵まれなかったと考えられる」
「つまり、普通の意味では『魔力がない』のですね」
胸に痛みを感じながら、ステファノは問う。
「そうだね。君が望む魔術がそういう物であれば、君には身につけることができないだろう」
一度は手が届いたと思った魔術が、ステファノの手をすり抜けて行く。結局自分は魔術師になれないのだろうかと、ステファノは悲観しかけた。
「気を落とす必要はないと思うよ? 君のギフトは安物の魔術なんかより、余程上等なはずだ」
「『
肩を落としたステファノにドイルは励ましの声を掛けた。
「そうさ。第一に君のギフトは属性に縛られない。『始原の光』とやらで好きなイデアを呼べば良いんだからね」
「そうでしょうか?」
「少なくとも『始原の光』そのものはいつでも呼べるのだろう? だったらそういうことだろうさ」
後は、いかにギフトを使いこなすかだとドイルは言う。
「努力もしないで『外れギフトだ』とか嘆いてる奴は論外さ。持ち駒をすべて使い切ってからだろう、運の良し悪しを語るのは」
ドイルの持論は容赦のない物だったが、それは怠惰を許さないという点での厳しさであった。
「まず大切なのは『検索能力』を磨くことだな」
「『検索能力』ですか?」
「そうだ。欲する属性、欲する『果』につながっている『因』。そういうイデアを探し出す力さ」
「探し出す力……」
距離も、時間も、順序もない世界。そこで「大きさのない点」の中から自分の求めるイデアを探すとは、どうすれば良いか。
「ギフトに尋ねるしかないだろうね。きっとヒントは『引力』にあるはずだ」
「イデア同士が引き合う力ですか?」
「その通り。欲する『果』と引き合う『因』。そのペアを引きつけるんだ」
引力があるなら、こちらからも引きつけたら良いのか。ステファノはそう解釈した。イメージはステファノの得意とする分野だ。
「もうひとつ必要なのは『評価する能力』だろうと思う」
「『評価能力』……」
「上級魔法クラスの現象を望むなら、大きな『果』、強い『因』を手に入れる必要がある。マッチの火よりも火山の火さ」
「どうやったら身につけられるでしょうか?」
「さてね……」
当てずっぽうですまないがと断りながら、ドイルはひとつの提案をした。
「実物を観たらどうかな?」
「実物を『観る』?」
「今の例で言えば『火山の噴火』さ。現地に行って実物をギフトの眼で観るんだ。誦文を行いながらね。目的は噴火のイデアを直接観測すること」
「そんなやり方って、あるんですか?」
「どうかな? 僕は魔術師じゃないからね。あくまでも想像さ。でも、君の適性には合っていると思うね」
ネルソンは数々の薬種を「診ること」でギフトを磨いたと言う。ならば方向性が似通ったステファノのギフトも「観ること」で成長する可能性は十分にあった。
「もうひとつヒントを上げるとすれば、『始原の光』を掲げておくことだね。イデアを探す時は常に。そうすることによって『光』は君の道
「君が『始原の光』と呼ぶ物。おそらくそれは君のイドだろう。『始原の光』が強まるほどに、君はイデア界に近づく。『始原の光』こそ君の松明であり、眼を守るシェードでもある」
ステファノは考えた。アカデミーに入学してからでは行動の自由が限られる。多くの物を観るなら今の内だと。
「マルチェルさん」
「旅がしたいのですね?」
ステファノが言い出す前にマルチェルは、その意を察した。
「強い『因』、大きな『果』を求めるなら自然の中でしょう。海や山を見て来ると良いのでは? 旦那様にはわたしからお伝えしましょう」
「ありがとうございます」
「期間は今から10日。10日後までには必ず戻って来るのですよ?」
この日は8月15日。10日後に戻れば、入学までには十分間に合う。
ステファノに否やはない。
「わかりました。早速明朝出発します」
「ふむ。後で予定ルートをジョナサンに渡しておきなさい」
「わかりました」
ステファノは書斎で地図を調べ、書き写した。それを元にジョナサンの意見を聞いて、南に進み峠を越えて海に至る片道3日のルートを選んだ。
これなら途中足止めを食らったりした場合でも、余裕をもって期限までに往復できる。ジョナサンがそう太鼓判を押してくれた。
旅の非常食はケントクが見繕ってくれた。日持ちがして軽く、そのまま食べられる乾物や燻製、焼き菓子などであった。
プリシラからは手拭いを贈られた。手拭いは旅の空で重宝する道具である。汗拭き、手拭きとしてだけでなく使い道が多い。水のろ過、包帯代わり、風呂敷代わり、敷物、頬かむり、補修布など、使い回しが利く物であった。
それにプリシラは赤いベリーの刺繍を入れてくれた。
「これなら人の物と区別がつくでしょう?」
プリシラはそう言って、頬を赤く染めた。
「ああ。これっていつかのハンカチとお揃いだね」
「う、うん。お、お手本にしたから同じになったの。嫌だった?」
「そんなことないよ。大切に使うね? お土産に何か買って来るからね』
プリシラは目を落として、呟いた。
「お土産なんかいらない……。無事に帰ってきてね」
「うん。気をつけて行ってくるよ」
戻ってくれば、ステファノはアカデミー入学の準備に忙殺される。9月になれば入寮が待っていた。
「何だかバタバタして……落ちつかないね」
「そうだね。すぐまたアカデミーに行っちゃうしね。でもまた帰って来るから」
「冬のお休みに?」
上目遣いにプリシラが尋ねた。
「それもそうだけど……。多分俺の在学期間は長くないから」
「えっ? どういうこと?」
「うん……。俺には魔術師の素質がないらしいんだ。だから、魔術学科に長くいても学ぶことがないと思う」
「へえ、そうなの」
ステファノにとってそれは辛いことであろうとプリシラは想像したが、ステファノが短期間で卒業してくれそうなことは嬉しく感じてしまった。
「その時はまたウチで働くんでしょう?」
「そうだね。旦那様に恩返しをしなくちゃね」
「だったら、待ってるね。わたし、お店のことうんと勉強してステファノに教えてあげる!」
「うわあ。怖い先生にならないでね」
失礼ね。ならないわよと言いながら、プリシラは目じりの涙をそっと抑えた。