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第68話 心に刺さる棘。

「マルチェルさん、似姿ができました」


 心の整理をつけたステファノは、何枚かの紙に書き込んだエバの絵姿を差し出した。


「これは……。確かにお前の知り人なんですね。これが普段の姿ですか……」


 1枚、1枚の紙面に何人ものエバが、活きた表情で描かれていた。


「ステファノ、ご苦労さまでした。この絵があればエバという女を探し出すことは簡単でしょう。彼女を見張れば、裏に潜む依頼者をいぶり出すこともできるでしょう」


 マルチェルは似顔絵の束を丁寧に畳んで懐に仕舞った。


「だが、泳がせるのはせいぜい2~3日です。わかりますね?」

「はい」


 それ以上となれば、再度暗殺を仕掛けられるかもしれない。

 ジュリアーノ王子をこれ以上の危険にさらす訳にはいかないのだ。


「王国内の命令系統を叩けば、公国側の一味は身動きが取れなくなる。手足を失うことになりますからね」


 相手方が立ち往生している間に、婚礼を成立させてしまえば騒動に終止符を打てる。

 まさかに、アナスターシャの夫となったジュリアーノ王子に危害を加えることなどできないのだ。


「婚儀が整えばアナスターシャ様はスノーデン王室の一員となられます。公国の王位継承権は失われるのです」

「それが一番平和な解決なんですね」

「ええ。処刑者・・・は最小で済むでしょう」


 王国で暗殺未遂に関わった者は、別の罪状で処断されることになろう。暗殺者とそれを操る裏組織。

 いずれ余罪だけでも死に値することは確実であった。


 エバも……。


 ステファノの胸に、ちくりと痛みが走った。


「勘違いしてはいけませんよ」

「……」


 ステファノはマルチェルの声に顔を上げた。


「彼らを処刑台に送るのは彼ら自身です。お前ではありません。人には他人の運命を決める力などないのです」

「マルチェルさん……」


 マルチェルはステファノの心に刺さるとげを、そっと抜いた。


「もっともわたしの前に立ちふさがると言うなら、この手で引導を渡して差し上げます。ああ、エバという女だけは手加減して上げますよ? お前に免じてね」


 マルチェルは顔の前で右手を握って見せた。

 ずしりと重い、岩のような拳であった。


「ステファノ。お前のここでの仕事は終わりました。わたしと一緒に商会に戻りましょう」

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