「考え事を始めると、人の気持ちを見失うことがあるようです。悪気はないんですが、元々情が薄いっていうか……。疑問の答えを出すことで頭が一杯になるというか」
人間の頭の中身を乱暴に分ければ、「論理的思考」と「情緒的思考」とに分かれる。「理」と「情」だ。
普通この2つは共存しており、外部の環境、本人の体調などによって表に出て来る思考は「理」と「情」の間を揺れ動く。
人によってこのバランスは異なり、「理」が表に立つ人と「情」に偏りがちな人とがいる。ステファノは前者であり、推理を働かせる時、極端に「理」に傾くのだ。
「そういうものかしら? 確かに、こうしている時は普通の男の子に見えるわね」
「当然ですよ。特別な取柄は何も無いんですから」
自分で言いながら、若干情けない思いをするステファノであった。
「ちょっと良いか?」
エリスが落ちついたのを見定めて、アランが口を挟んだ。
「これは万一に備えての質問なんだが……。ステファノ、毒の種類を絞り込むことはできないのか?」
手口の知れた暗殺行動であれば防ぎきることができるはずだが、万一手口を変えてきた場合、警備の網をすり抜けることがあるかもしれない。毒の種類を1つに絞り込めれば、確実に解毒剤で対処する事ができる。
「それについては残念ながら手掛かりがありません」
「そうか……。ではやはり3つのうち1つを選ばねばならぬのだな?」
「はい。前回使われたのは
肉に残った毒を分析し、使われた毒薬の成分は判明している。現にネルソンが調合した解毒剤は効果を顕した。
しかし、次も同じ毒を使ってくるかどうかはわからない。「無味無臭」の代表的な毒を選び出し、その解毒剤を準備しただけなのだ。
「毒の症状が出た場合、まず最も疑わしい1番の毒に対する解毒剤を飲ませる。1時間待っても効き目が表れない場合は2番の解毒剤。それでもダメな場合、3番の解毒剤を飲ませる。それがネルソンから指示された対処法だ」
2種類以上の解毒剤を同時に飲めば、薬同士が結びついて薬効を弱めてしまう。1番の解毒剤が「外れ」であった時の救命率は大幅に下がるだろうと心配された。
「わからぬものは仕方がない。前回と同じ毒が使われると信じて、1番の解毒剤を飲ませよう」
これ以上悩んでも堂々巡りになるだけだと見定めたアランは、話を打ち切るように結論を出した。毒を変えて来ることを疑おうとも、使われた実績がある1番の毒を除外する訳にはいかないのだ。
いざという時に迷って解毒剤の投与が遅れては何の意味もない。迷いを捨てるために、投与の順番を瓶に明記したのだった。
「解毒剤が効くかどうかは神のみぞ知る。最後の最後、我らにできるのは殿下の天運を信じることだけだ」
アランは、ネルソンの言葉を繰り返した。己の中の勇気を掻き立てるためにも、言葉にする必要があった。
屋敷内外の警備体制についてステファノがアランに教えてもらっている頃、正門にネルソン達が到着した。
「そういえば、『鉄壁』って何のことです?」
ステファノはソフィアの言葉を思い出して、エリスに聞いてみた。
「さあ? わたしには何のことか……?」
エリスには心当たりが無いようだった。
顔を見合わせたのは、2人の騎士だった。
「別に隠すようなことではないだろう。マルチェルの二つ名さ」
「
ステファノは目を丸くした。
「ああ。ネルソンはソフィア様の兄だ。元は貴族の出だということは知っているな? マルチェルはその頃ギルモア侯爵家に仕える護衛騎士だった。我々のようにな」