「しかし、公国側の事情となると細かい所まではわかりません」
「そちらが問題ですね。王女様が乗り気でも、王位継承の望みを捨てたくない人間が周りにいるかもしれません」
「……お兄様にお知恵を借りましょう」
「旦那様にですか?」
「そうです。間違っても国同士の争いにしてはいけません。どう動くべきか、お兄様にお任せしましょう」
不思議なもので、事件の背景が王子の縁談絡みらしいと聞いてからソフィアが生き生きとして来た。恋バナは
「しかし、なぜ他国が絡んでいると思ったのです?」
王位継承争いをいきなり前提に置くのは強引すぎると、ソフィアには思えた。
「王族の暗殺がどんな陰謀か知りませんが……詰めが甘いんですよ」
「また、お前は何を……」
「盗賊に馬車を襲わせたのはわかります。公国の騎士や正規兵を使う訳にはいきませんからね? でも、策が無さすぎじゃないですか?」
10人横一列で登場しますか? 護衛の存在くらい疑いません?
「2度目の襲撃に至っては、寄せ集めのチンピラでしたよ? 魔術師とやり合ったこともないとか、馬鹿じゃないですか?」
「お前、口が悪い……」
「土地鑑が無い現地で急遽雇いましたって、見え見えですよ。飯屋のせがれを尾行させて、どうしようっての?」
ちなみに、あの尾行者には逃げられてしまった。ネルソン商会の奉公人に「尾行の尾行」は難しかったのだ。
「今回の毒殺にしたってそうです。腕利きを雇った積りでしょうが、たかだか初級魔術師ですよ? せめて中級を連れて来なくちゃ」
「待て。あれだけ精妙な仕掛けが初級魔術師の仕業だと言うのか?」
「だって、『
「そんな馬鹿な!」
微風の術とは初級も初級。魔術の初学者が初めて習う術の1つであった。
「あれはただの風を起こすだけの術であろう?」
「ただの風じゃないですか?」
吸い込んだだけで死に至る毒風を吹かせる術が、「ただの風」?
「術の使い方を工夫しただけですよ。そんな二流しか雇えない連中が王族殺しの黒幕だなんて、初めからバランスがおかしかったんです」
ステファノが指摘する1つ1つの事実。「運が良かった」と思っていた出来事にすべて理由があったとしたら。
「公国の回し者が糸を引いていたのか……」
「あの、ソフィア様、公国って言っちゃうと語弊があります。王女の取り巻きですからね、あくまでも」
今やソフィアの血色は健康的を通り過ぎて、茹だったような紅さになっていた。
「ジュリーちゃんの縁談を邪魔しようなんて、絶対に許しません! お兄様に言ってぶっ潰してもらうわ!」
両手を握り締めて、立ち上がった。
「エリス!」
「は、はひー!」
「お兄……ネルソンを呼び出しなさい。即刻です! マルチェルを同道せよと。その前に、護衛騎士2人をここへ!」
「はいっ! ただいまっ!」
「マルチェルには『鉄壁として来い』と伝えさせなさい……」
温和なソフィアの眉が吊り上がっていた。
「ソフィア様……」
ステファノは完全に気圧されていた。
「ふ、ふふふ。見えない化け物相手かと怯えていたら、何でしょう? 人の庭に紛れ込んだ
カップに残った紅茶を一息に飲み干した。
「甘いわ! エリスが戻ったら、上等なミルク・ティーを淹れ直させましょうね。
「はい! 喜んで!」
ステファノは膝を揃えて、畏まった。これは逆らってはいけない人だと、本能が全力で告げていた。
そうしている所に護衛騎士がやって来た。
「お呼びですか、ソフィア様」
二人の騎士は踵を合わせて、気をつけをした。エリスに何やら囁かれたらしい。
「ご苦労です、アラン、ネロ。そこでは話が遠い。ソファに掛けなさい」
「はっ。失礼致します」