この大人しそうな少年は、頭の中に何か「化け物」を飼っている。ソフィアはそんな妄想に襲われていた。
「なぜそのような疑いを?」
世の中に、それも田舎町の平民に知られているはずがない。疑うことすらできぬはずだ。
「証拠も何もありません。そうでもなければ辻褄が合わないというだけです」
証拠のない疑念で鎌を掛けた? 王族の身の上に対して、不敬と思わないのか?
「あの、失礼があるなら謝ります。申し訳ございません。多分失礼なんだと思うんで」
「良い。ここで儀礼は求めぬと初めに申した。お前の疑いを申してみよ」
ステファノに虚を突かれた反動で、ソフィアは我知らず貴族としての物言いになってしまっていた。ジュリアーノ殿下のメイド長となって以来、そのような立場は捨てて来たというのに。
「王位争いでないことは、はっきりしているんです」
王の健在、王子同士の仲。
「ですが、王位争いでもなければ王位継承権第3位の殿下を暗殺するなどあり得ません」
そうなのだ。どのような動機、理由があろうとも、王族を殺そうなどと大それた罪を犯すものか。それこそ王位を争う以外の理由では軽すぎるのだ。
「ならば、やはり王位争いなのだと考えたのです。但し――」
「この国の王位ではないと言うのか……」
そんな馬鹿な話があるのか? 他国の王位継承争いのために、ジュリアーノ殿下の命が狙われただと? そんなふざけた話が……。
「この話、表に出るとまずいですよね?」
「お前は、何を暢気なことを……」
ソフィアは絶句した。
「そうですよね! この子、暢気なんですよ! あっ!」
激しく同意したのはエリスであったが、さすがにソフィアにきつく睨まれた。
「殿下が他国の王位継承に絡むとしたら、縁組しかありません。養子に入る話か、王女を迎える縁談か」
「……」
「養子縁組はないでしょう。後継ぎがいない王の所であればむしろ歓迎されるでしょうし、後継ぎがいるなら養子は取らない」
そう。後継者争いを好んで起こすような王はいない。
「可能性が高いのは王女をもらう話です。その王女が王位継承高順位者であった場合、
「2位なのです」
「……」
「アインスベル公国第二王女アナスターシャ・エリカ・アインスベル殿下は、王位継承権第2位をお持ちです」
自分で言いだした話ではあったが、ステファノは事の重さに唇が渇く思いがした。
次の言葉を選んでいると、ソフィアが続けて言った。
「アナスターシャ様はジュリアーノ殿下と同年の15歳。天真爛漫なご性格で、公国民に愛されていらっしゃいます」
王族の一員であるからには美少女でもあろう。それはさぞかし敬愛されるに違いない。
「ジュリアーノ殿下に首ったけなのです」
苦し気にソフィアは告げた。
「いや、王族に色恋はないって、さっき……」
「建前に決まっているでしょう! 王族も人間です。うちのジュリー様を見れば、恋に落ちるのも当然!」
なぜかソフィアの鼻息が荒くなっている。頬の赤味が戻ったようだ。
「夜会で見染めたアナスターシャ様が
アインスベル公国とスノーデン王国との関係は良好。両国とも国王陛下はご壮健という状況で、縁談を拒む者はいないと思われていた。
「ジュリー、いえジュリアーノ殿下はご婚姻に関心を持たれるお歳ではありませんが、王族としての務めを理解なされています」
恋愛感情抜きで政略結婚を受け入れる覚悟があるということだ。相手が性格の良い美少女なら、恵まれた話であろう。
王族同士の婚姻ともなれば、調整しなければならないことも多い。まだ、世の中に公表する前の段階にあった。
「反対する声は無かったのですか?」
「慎重にと言う者はあっても、反対する意見は聞いたことがありません」
美男美女の微笑ましい縁組という受け止め方が主流であった。