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第53話 鎌を掛けましたね……?

「ソフィア様?」


 ふと気づけば、ソフィアの顔色は真っ青だった。口元を押さえて震えている。


「ああ、いけない。エリスさん、お水を!」


 ステファノはソフィアの足元に跪き、静かに語り掛けた。


「落ちついて。大丈夫です。ゆっくり、大きく息を吐いて下さい。そう。今度はゆっくり吸って……」


「はぁ……、はぁ……」


 ソフィアは目を瞑り、呼吸に神経を集中した。耳元でステファノが囁き続ける。


「もう危険はありません。王子も皆さんも安全です。ゆっくり息を吐いてー。そう。ふぅー……」


 極度の不安によりソフィアは過呼吸に陥っていた。呼吸を少なくして血中の二酸化炭素濃度を上げれば、異常は収まる。

 5分程ソフィアを落ちつかせていると、エリスが水を持って戻って来た。ソフィアの呼吸が完全に落ちついた所で水を飲ませ、ソファで休ませた。


「暫くそうしていれば回復するはずです。感受性の強い人が強い不安を覚えると、息が苦しくなるらしいですよ」


 実家の食堂でも倒れたご婦人を見たことがあると、ステファノは説明した。居合わせた薬師が介抱の仕方を教えてくれたのだと。

 20分程休ませた後、ステファノはソフィアに紅茶を飲ませた。たっぷりと砂糖を溶かして。


「疲れが溜まっていたのでしょう。無理もありません」


 ステファノはソフィアの顔色を見ながら、慰めるように言った。自分は元のソファに戻っている。


 王子の側近として安全と健康を守る役目がある。それを果たせなかった怠慢を責められる立場に、ソフィアはいた。


「もう大丈夫です。話を続けましょう」


 ステファノの同情を断ち切るように、ソフィアは言葉に力を込めた。自分が倒れるようでは、王子を、そして部下達を誰が守ると言うのか。


「手口がわかったからには、毒殺の試みは防げるということですね?」


 同じ手口はもう使えない。犯行を繰り返そうとするなら、暗殺者を捕えることもできるはずであった。


「はい。護衛騎士の方々と相談させて頂ければ、犯人を罠に掛けることができると思います」

「わかりました。後ほど騎士二人を呼びましょう」


 ソフィアは護衛騎士をすぐには呼ばせず、ステファノに向き直った。


「毒殺の手段を暴いたお前の推理は見事でした。他にもわたくしに聞きたいことがあるそうですね」


 マルチェルを通して伝えていたステファノの希望であった。


「殿下がいなくなったら、得をする人間はいますか?」


 単刀直入にステファノは尋ねた。


 ソフィアの表情が硬くなる。


「王位継承のことを言っているなら……」

「いえ。王位争いとは考えていません」


 警戒するソフィアに対し、ステファノはそのような意図が無いことを説明した。自分が知りたいのは「政治、宗教、思想上の対立」、そして「色恋沙汰」についてだと。


「ふ……む。王子はまだ執政に関わるような年齢ではありません。宗教と言われても王族として神を敬っていらっしゃるし……」


 他の王族と違いはないと言う。


「思想も何も、王子は父君を尊敬し、兄君達を愛する男子にすぎません」


 全く普通の少年なのだ。それで命を狙われるというなら、国中の少年が危ない。


「では、色恋は?」


 惚れた腫れたで刃傷沙汰――今回は毒殺騒ぎであるが――を起こされるには、ジュリアーノ殿下は若すぎるのであるが。


「色恋などと、不敬なことを。そのような物、尊い方々にはございません」


 感情の消えた声でソフィアは言った。だが、そんな建前ではステファノは引き下がらない。


「たとえば外国の王女様あたりに懸想されることはございませんか?」

「なぜ、それを? はっ!」


 不意を突かれて、思わずソフィアは声を上げてしまった。


「鎌を掛けましたね……?」


 ソフィアは唇を噛んだ。


「申し訳ありません。そうではないかと思ったもので」


 頭を下げているものの、本当に申し訳なく思っているのか疑わしいものだと、ソフィアはステファノを見やった。

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