「これは……! くそう、失敗したか?」
「どうした見習い? 何か変なものでも食ったか?」
賄いの野菜ソテーを一口食べて声を上げたステファノに、隣に座ったジョナサンが声を掛けた。
「いや、このソテーですよ! 何でこんな深い旨味が出るんですか? 厨房を見学しておけば良かった」
「何だよ、そんな話か? ケントクに頼めばいくらでも見せてくれるんじゃねえのか?」
興味がなさそうに、ジョナサンは自分の食事に視線を戻した。
えー、味つけの秘密ですよ、人には見せないんじゃないか……と、ステファノはぶつぶつ言いながら食事を済ませた。
「午前中の探索、ご苦労でした」
ソフィアはステファノの労をねぎらうと、優雅にティーカップを手に取った。
本来ステファノは部屋の入り口近くに立って報告を行うべきだったが、ソフィアの希望でまたもやソファに座らされていた。
目の前には紅茶まで用意されている。
「ここでは格式を気にするなと申しました。立たせたままではゆっくり話を聞くこともできません。お茶でも飲みながら、ゆっくり報告しなさい」
ソフィアは目にいたずらな笑みを浮かべて、硬くなったステファノを見やった。
「はい。では、そのように」
ステファノは居心地悪さを頭から追いやって、報告内容に集中した。
「まず、通用口を見せてもらいました。殿下を害した毒は肉だけに含まれていたと思われますが、荷受時の豚による毒見には反応が無かったことから見て、配達された際には毒は盛られていません」
部屋にはエリスも控えていたが、ステファノの説明は初めて聞く内容であった。
「ですので、通用口そのものを詳しく調べても意味がありません。ここでは扉を開けて、
「塀までの距離ですか?」
「はい。通用口から塀までの距離は、
「お前は倉庫に保管している間に、肉が汚染されたと考えているのね?」
「その通りです。倉庫に入れる前、倉庫から出した後は常に複数の人眼があって細工は不可能です」
「確かにお前の言う通りです。しかし、倉庫には誰も入っていないのですよ?」
「鍵はソフィア様とケントクさんだけがお持ちと聞きました。特に部外者が勝手に入ることは不可能でしょう」
それは館に来る前からステファノの頭にあった推論であった。
「ならばどうやって毒を盛ったと?」
ソフィアが眉を寄せる。
「魔術だと考えます」
真正面からソフィアの目を見詰めて、ステファノは言った。
「魔術? 毒を与える魔術がありますか?」
そのような魔術はない。物を燃やしたり、凍らせる術はあっても、無害な食品を毒に変える魔術は存在しなかった。
「魔術では『物』の状態を変えることはできても、違う物に変えることはできないと聞きます」
限られたステファノの知識の中で明言できる、数少ない魔術の限界であった。
「わたくしもそのように聞きました。では、どうやって毒を盛ったと言うのですか?」
毒を与える魔術はないと言いつつ、魔術で毒を盛ったと言う。ステファノの説明は矛盾に聞こえるが、本人は涼しげな顔をしている。どのように説明するのか。
「ソフィア様は物の『
なぞなぞの答えを聞くような積りでいたソフィアに、ステファノは新しいなぞなぞをぶつけて来た。
「『相』ですか? はて、存じません。相とはどのような物でしょう?」
初めて聞く概念なのであろう。ソフィアは話の行方がわからず、ぽかんと口を開けた。