「ここが荷受場だ。というか勝手口みたいなもんだがな」
ジョナサンが案内してくれたのは館の裏手、北側に当たる通用口だった。
「毎日午後3時頃、肉屋、魚屋、八百屋、乾物屋が食材を届けに来る。料理長のケントクが欲しい物を選んで品物を受け取ることになってる」
「持って来たからって必ず買い上げる訳じゃないんですね」
「そうだ。何も買わずに追い返すことは滅多にないらしいがな」
「勘定は帳づけですか?」
「ああ、よく知ってるな? 飯屋のせがれだって? ふうん。帳面につけておいて支払いは晦日だ」
屋敷側は「
といっても相手がお貴族様、大商人ということになれば、客の記録を信用して晦日の代金をありがたく頂くことになる。
ステファノの飯屋程度の場合は、毎月月末に1ギル合う、合わないの押し問答になったものだが。
「勝手口の外を見せてもらって良いですか?」
「ああ、いいぞ。何もねえけどな?」
勝手口を出ると、2メートルほど先が長い塀になっている。建物の北端に沿って境界を区切っている具合であった。
「あれが通用門ですか?」
勝手口から正面に小さな潜り戸が見えている。
「ああ。開けてほしけりゃ門の外から大声を出すんだ。時間が決まってるから、こっちもケントクが待ち構えちゃいるがな」
通用門のことを聞いておきながら、ステファノは別の場所にあちこち目をやっている。
「塀の外は立ち木に囲まれていますが、道があるんですか?」
「荷車の通れる道が、塀に沿ってぐるっと屋敷を囲んでいるぜ」
「立ち木が生えているのは、道の向こう側ってことですね」
「そういうこった。あんまり塀に近いと、木に登って敷地に飛び降りる奴が出るかもしれねえ。塀と道の間は草ぐらいしか生やさねえんだ」
「わかりました。ここはもう十分です」
ステファノは広げていたノートを閉じて、踵を返そうとした。
「あら、通用門は見なくていいの?」
あっさりしたステファノの様子に、ついという感じでエリスが口を挟んだ。
「大丈夫です。
「あ、そう……」
侵入路である可能性を調べなくて良いのだろうかとエリスは不審に思ったが、ステファノのすることに口を出すなと言われているので、それ以上のことは言えなかった。
「あそこから入ったとしても何もできませんから」
建物内に戻りながら、ステファノはエリスを慰めるように言った。
全員が建物に入ると、ジョナサンが勝手口に施錠した。
「こうやって、いつもは施錠している訳ですし、この先は厨房ですからね」
人に見つからずに侵入することはまず不可能だった。
「でも、厨房で食材に細工をするかもしれないじゃない」
「王子様に差し上げる料理ですからね。誰もいない厨房に食材を置きっぱなしにすることなんかありませんよ」
そんな大きな「穴」であれば、ソフィアが早々に塞いだはずだ。常に誰かが食材を見張っていれば良いことなのだ。
「それに、入ろうと思えば通用門を通らなくても、どこからでも塀は越えられますよ」
要塞でも王宮でもないのだ。梯子一本、あるいは
侵入路探しに血道を上げても実りは薄いでしょうと、ステファノは肩を竦めた。
しゃあしゃあとしたステファノの様子に、エリスはさらにいらついた。
(じゃあ、何しにここまで来たのよ? 意味ないじゃない!)
「次はどうする? やっぱり厨房を見るかい?」
険悪な雰囲気を感じて、ジョナサンは話題を変えた。
「ケントクさんの料理を見てみたい気がしますが、また今度にしましょう。先に食糧倉庫を見せて下さい」
ステファノは一番警戒すべき場所と思われる厨房には興味を示さない。