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第45話 その賭け、わたくしが受けます。

「楽になさい。ここは王宮とは違い、格式を取り繕う必要もありませんから」


 ソフィアはふくよかな顔を綻ばせた。筋肉質なネルソンと異なり、全体に肉づきが良くふっくらと丸みのあるシルエットが印象的であった。


 落ちついて顔を見直せば、確かにネルソンとの血の繋がりを感じさせる相似がそこにはあった。口調の丁寧さとは裏腹に、ソファに身を沈めるネルソンに硬さは見られない。


「ステファノ、商会から持参した小箱をお渡ししなさい」


 ネルソンの指示で、ステファノは背嚢から解毒剤の小箱を取り出した。ソフィアは控えのメイドに受け取らせ、傍らに置かせた。


「とても普通の男の子なのね。どんな怖い顔をしてるんだろうと、身構えていたのですけれど」


 ネルソンがステファノの言動について報告していたらしい。マルチェルからも、ステファノの診立てた内容を昨日の内にメモに起こして届けてある。


「すみません。どれだけ生意気な奴が来るんだろうと、お思いになったでしょうね」

「正直に言えばその通りです。けれども、気を落ちつけて考え直すと、お前の言い分は理に適っているとわかりました」

「絶対確実とは言えませんが、1月分の給金を賭けられるくらいには確かだと思います」

「受けましょう」

「はい?」

「その賭け、わたくしが受けます。あなたが見立て通り毒殺を防ぎきれば、わたくしの懐から1月分の給金を上乗せ致しましょう」


 ステファノにしてみれば場の空気を和らげようとしたユーモアであったが、意に反してソフィアは賭けを受けると言う。


「あなたが負けたらわたくしも職を失ってしまうので、一蓮托生なんですけれど……。その時は、1月わたくしの料理番を務めてもらいましょうか」


 ステファノはすっかり手玉に取られた格好であった。優し気な外見とは異なり、ソフィアは果断な部分を持った人物のようだ。


「後で言い訳をされるといけませんからね。警備の仕方はあなたの考えに従います。余程無茶な話でない限り、わたくしが通して見せますので遠慮なく言いなさい」


 なるほど。そういう流れか。賭けの条件という形でステファノの意見を全面的に取り入れ、働きやすい環境を整えてくれる訳だ。

 お貴族様のやり方というものは……。


「畏まりました。仰せの通りに」


 ステファノはソフィアの配慮をありがたく受けた。


「ネルソン、あなたが証人ですよ。良いですね」


 ソフィアは上品にほほほと笑った。


「それでは、ステファノ。そなたは側仕えの下働きとしてわたくしを補佐し、主に館内の雑用をお手伝いなさい。そうね、手始めはお掃除から」


 それもまたステファノの要望そのものであった。ソフィアが命じてそうさせた・・・・・・・・・・・・・、という形式が重要なのだ。


 ソフィアの後ろに控えていたメイド――名をエリスといった――に連れられ、館の執事に引き合わされた。


「側仕え見習いが掃除担当だと?」

「はい。ソフィア様がそういうお約束・・・をされたそうです」

「はあ、何だか話が良くわからんが、手が増えるのはありがたい話だ」


 ステファノはネルソン達と別れ、ジョナサンという執事の前にいた。30過ぎのジョナサンはエリスとステファノを交互に見て、首を振った。


「仕事にあたっては、ステファノの希望を優先してください」

「はあ? 見習いの言うことを聞けと?」

「その通りです。それもソフィア様のお言いつけですので、間違いのないように」


 エリスはジョナサンとまともに目を合わさぬまま、仮面のような表情で無理を押し通した。


「……お貴族様が考えることは全くわからん。わかりました。見習い様に従いましょう」


 不満顔のジョナサンであったが、無視できないくらいにはソフィアの威光は強いらしい。不承不承でも言うことは聞いてくれそうだなと、ステファノは安堵した。


「では、早速ですが食材の搬入ルートと貯蔵場所を見せてくれますか? 一番清潔に保たなければならない場所なんで」


 ジョナサン、エリス、ステファノの3名で食材関連設備の巡回が始まった。

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