今までの話を一旦整理したいと、ステファノはマルチェルの許しを得てノートを広げた。時々天井を見詰めて考えながら、ペンを走らせて行く。
「料理のレシピにしか見えんな」
気になって覗き込んだマルチェルには、スープの作り方を書き留めているようにしか見えない。所々レシピにしては辻褄の合わない記述があるのだが、別の意味に読み取れる物でもなかった。
「鍵と錠の組み合わせは、わたしの頭の中にしかありませんからね」
ノートを取り終わると、ステファノは「1」「2」「3」とそれぞれ書かれた解毒剤の小瓶を、いつも腰につけているポーチに仕舞った。
「解毒剤は王子ご本人、メイド長、護衛騎士2名、主治医が同じものを身につけます。それ以外の者には触らせないで下さい」
「心得ました」
解毒剤を仕舞いこむ際、ステファノは小さな紙片で蓋を封印し、己のサインを付した。
「開封されたらすぐわかるようにしておきます」
「ふむ。それは良い工夫ですね。旦那様に申し上げて、皆が同じことをするようにしましょう」
毒の正体が知れなければ、正しい解毒剤を飲ませることはできない。それでも3分の1の確率で王子を助けることができるなら、1つを選んで飲ませるようにと、ステファノは指示を受けた。
「ところで、わたしが表向き就くことになる仕事なんですが……」
ステファノはポーチの蓋が閉まっていることを確かめてから、マルチェルに話し掛けた。
「何か希望がありますか?」
「はい。掃除を含む雑用を与えてもらえると助かります」
「掃除ですか? 王子の側にいられない時間が多くなりますが、良いのですか?」
「大丈夫だと思います。そもそも暗殺者をそこまで入り込ませるようではこちらの負けです。力で攻めてくるなら護衛の方が退けるでしょうし」
そうなっては自分にできることは無い。
「指を咥えて見ているより、暗殺を未然に防止することに注力したいんです」
「わかりました。それも旦那様を通じてソフィア様にお伝えしましょう」
「ありがとうございます。わたしの準備はそれで充分です。残りの時間、できれば店と薬種の見学をさせてもらえますか?」
「いいでしょう。それなら店の案内はプリシラに、薬種の紹介はサルコにさせましょう」
それからの時間、午前中は店内の地理、部署の配置、働く人々などをプリシラの案内で見て回った。午後はサルコに薬種の在庫を見せてもらう。
ステファノにとっては午後の勉強は非常に興味深かった。サルコは特別深い知識を持っている訳ではなかったが、目録と薬効一覧を手にステファノの好奇心につき合ってくれた。ステファノの教育係として、日頃のきつい仕事を離れることができて喜んでいるらしい。
この薬種はこういう客が買ってくれるという商売上の知識に、サルコは詳しかった。
それを聞けばどの素材がどんな目的で使われるのかが想像できた。その知識を薬効の情報と突き合わせるのは極めて興味深い作業であるが、時間が限られていた。ステファノは魔術師が使用する薬種について、その効能と使用目的をできるだけ知ることに努めた。
「うちは薬屋だけどよ」
時折重い口を開いて、サルコは先輩としての注意を与えてくれた。
「そのままだと毒になる薬種も置いてるだよ。そういうもんは誰にでも売っていい訳でねぇ。売り先を
毒も使い方によって薬となり、薬も用法用量を間違えば毒になる。薬種問屋は人の命を扱う商売と心得よ。店に入った奉公人が最初に教えられることはそれであった。
「草には薬とも毒とも書いてねぇ。使い道さ決めんのは人間だ」