それができなかったから王子は毒に倒れ、苦しんでいる。警備に携わる者が聞けば、簡単に言うなと
「お前はえらく冷たく物事を切り捨てられる人間なのですね」
理屈ではステファノの言う通りである。リアリストという言葉を知っていたら、マルチェルはステファノをそう呼んだことだろう。
しかし、切り捨てられない心情というものが人にはある。
「王子のお側に上がった際は、言葉に十分注意をしなさい」
「はい。気をつけます」
3種の毒薬の名、その中毒症状。対処法。
万一の事態に備えて、ステファノは解毒治療の施し方について教えを受けた。
「勿論これは医師が側にいなかった場合などに備えた緊急措置です」
措置方法を知らないがために手遅れになるという事態を避けることが目的だった。
前回はたまたま毒の摂取量が少なく、異常に気づいたソフィアが素早く毒を吐かせたため、本命の解毒剤が届くまで中毒症状を抑えることができた。
次にステファノは食材の調達・管理方法について詳しく聞いた。
「納品業者は身元の明らかな者を選別しています。配達に来る人間も顔の知れた従業員でなければ受けつけません。受け入れ時には豚に食べさせて異常がないか確認します」
さすがは王族の口に入る食品である。厳重な警戒が行われていた。
「倉庫の管理はどうなっていますか?」
「野菜倉庫と食肉倉庫に分かれて、どちらも施錠されています。鍵は料理長とメイド長の2人がそれぞれ身につけています」
それでは倉庫に忍び込んで食品をすり替えたり、毒を仕込んだりすることはできないだろう。
「毒殺未遂があってから、勿論メイド長が警備体制を見直していますよね?」
「その通りだ。それまで不備があったとは認められなかったが、警戒をさらに強化している」
「
「そうだ」
マルチェルが肯定すると、ステファノはにこりと微笑んだ。
「ますます好都合ですね。行ってみなければわかりませんが」
「お前はなぜそんな自信を持てるんだ?」
マルチェルにはステファノの楽観が理解できない。「八方塞がり」だとメイド長は頭を抱えているというのに。
「真面目なメイド長が探しても発見できない穴。その穴は初めから存在したはずです。見つかっていない以上、敵はこれからも同じ穴を使うでしょう。自分は
穴があると知っている以上、見つからないことはあり得ない。問題はスピードだけだと、ステファノは言った。
「王子が普通のお食事を取れるようになるまでが勝負ですね」
「なぜかね?」
「今は流動食を召し上がっているのでしょう?」
胃腸が弱った現在は、確かに固形物を食べさせる訳にはいかない。
「その状態で王子に異常がないということは、今食べている食材には毒が混入していないということです」
「そうなるな」
「ならば普通食に戻す時が危ない」
「言われてみれば簡単なことだな」
「どこを探せばいいかも大体わかりましたし」
「何だと?」
さすがにそれは嘘だと、マルチェルは思った。屋敷に詳しいソフィアが必死になっても見つけられない警備上の穴である。話を聞いただけのステファノになぜわかるのか?
「予想ですよ、予想。行ってみなければわかりませんけど」
ネズミを捕まえるよりは簡単だと思いますよ? そう言うステファノをマルチェルは呆れて見詰めた。