「無論、ガル師は唯一無二の大魔術師に違いない。クリード殿とは初めて会ったが、剣士として既に名人の域に足を踏み入れている」
どちらも二つ名に恥じぬ活躍振りであった。
しかし、そうと知っていれば納得できるのだと言う。
「歩んできた道、修行、才能。そういう物と目の前の結果が釣り合っているのだ」
それと比べてステファノはおかしいと言う。
「その歳でなぜあんなことができるのか? 師匠もおらず、訓練も受けず、特別な才もない。そんなお前が」
そう言われても、当のステファノは普通に振舞っているだけなので何が不思議かわからない。
「得体の知れない違和感がある。お前は異質だ。だが、異質の元がどこにあるのかがわからない」
人を見る目がある、そう自負してきた自分がである。
「二つ名持ち2人が同じ馬車に乗り合わせる偶然。お前はそれを得難い幸運と呼んだ」
普通ではありえないこと。だからこそ仕組まれたものと推測できた。
「私は
運よく勤め先に巡り合えたと喜んでいたのは、ステファノの方であったが……。
「商人としての私の勘が、この好機を逃すなと告げている。これはジュリアーノ殿下の天運であると」
商いを博打にしてはいけないが、どんな商売にも勝負時というものがある。
「お前という手駒を手に入れた、今この時に勝負に出ると私は決めた」
お前は気にせず役目を果たせと、ネルソンは言った。
「さて、話は以上だ。プリシラを呼ばせるので、一緒に夕食を執りなさい。マルチェル!」
「かしこまりました」
マルチェルは扉を開け、廊下に控える使用人にプリシラを呼ばせた。
「ステファノ、一介の薬種問屋がなぜ王室の危機に関わっているのか、不思議に思うかね?」
ネルソンは己の顎を撫でながら言った。
確かに、不審はあった。
解毒剤の入手に係るのはわかる。薬種問屋の仕事であろう。しかし、宮廷の事情に詳しすぎる。
ステファノを王子の側仕えとして送り込むなど、商人の立場で行えることではない。
「メイド長ソフィアは私の妹だ。側仕えとしての仕事については、ソフィアの指示に従いなさい」
「わかりました」
やがて迎えに来たプリシラと、ステファノは従業員用の食堂に移動した。普段は大部屋が解放されているようだが、今日は隣接した小部屋を用意してくれていた。
「ここは外部の人との打ち合わせとか、従業員の家族が来た時に使わせて貰えるのよ」
プリシラはステファノに与えられた役割のことは知らない。ステファノとしては「ネルソンの使い」で出掛けることになるということしか、言えなかった。
「長ければひと月も出掛けるの? まだ、店にも慣れていないのに」
「逆に考えれば、店のことを知らなくてもできる仕事ってことじゃないか?」
何にでも明るい面があるものさと、ステファノは陽気に振舞った。
「それじゃあ将来は魔術師になる積りなのね」
「ああ。そのためにも目の前の仕事をしっかりこなして、信用をつけないとね」
プリシラの問いに答えて、ステファノは自分の夢を語った。どうにかして貴族社会にコネを作って魔術の勉強をしたいのだと。
「うちのお店に長く務める積りはないのね……」
少し寂しそうにプリシラは呟いた。
「まだまだ先の話だけどね」
それからはあまり会話も弾まぬまま、2人は冷め掛けた夕食を済ませた。
「明日は朝8時に寮の前まで出て来て。マルチェルさんの所に連れて行くことになっているから」
「わかった。じゃあ、また明日」
寮の入り口で左右に別れた二人であった。
「よし。そこに座れ」
部屋の扉を開けると、ダニエルが戸口で待ち構えていた。