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第37話 蜘蛛になれ。

「陛下は『ジョバンニの外、我に剣なし』と言っておられるそうだ」

「絶大な信頼ですね」


 それほどの英雄が民衆に知られていないのは不思議なことであった。


「表立って言えることではない。親衛隊や騎士団の立場もあるからな」


 宮廷のごく狭い範囲内で語られることだと言う。


「親衛隊や騎士団は『見せる剣』。ランスフォード卿は『見せぬ剣』なのだ」


 故にジョバンニは国王の側仕えの風体で常に国王と共にあり、身には短剣しかかない。


「だが、ジュリアーノ殿下に近づける程の者ならば、ランスフォード卿の恐ろしさを知っているはずだ」


 王子は王宮を離れ、呪タウン滞在中に命を狙われた。王の傍らにあるジョバンニを避けたとも言える。


「害意ある者は王家に近づくことすらできない。音無しの剣に死角はない」


 毒殺者でさえも見抜かれ、返り討ちに遭うと言う。王子の外遊は敵に取り貴重な機会であった。


「私は王子の側仕えとしてお役に立てるのでしょうか?」


 ステファノはネルソンに尋ねた。不審な人物、胡乱うろんな品物が王子に近づかぬよう見張ることはできる。しかし、ジョバンニのように敵を制圧することはできない。


「見張るだけで良い。護衛は他にいるのでな。お前の役目は毒殺や魔術に対する警戒だ」


 ステファノが剣となる必要はない。


「お前はジュリアーノ殿下を守る盾となりなさい。いや、違うな。蜘蛛だ。毒虫を捕える蜘蛛になれ」

「蜘蛛のように網を張って待てと言うのですね」

「そうだ。物陰に潜む蜘蛛のように毒虫が網に掛かるのを辛抱強く待て。五官の全てを使い、敵の存在を暴き出せ」


 成程それはいかにもステファノに似合いの役目であった。だが――。


「3つお尋ねして良いですか?」


 ステファノには聞いておかねばならないことがある。


「言ってみろ」

「お役目はいつまで続けることになりますか?」

「殿下のお体が回復するまでだ。王宮に帰ることができればお前の役目は終わる。医者の診立てでは長くてひと月」


 緊張の中でのひと月。短い期間ではない。

 ステファノは気を引き締め直した。


「殿下の周囲に、味方として気を許せる方はいらっしゃいますか?」


 味方の有無は役目の成否を大きく左右する。交代や情報交換ができなければ、警戒に死角が生まれる。


「男の護衛騎士が2人いる。どちらも宮廷勤めは永い。信頼できる方々だ」

「小間使いというのでしょうか? 女性のつき人はいかがですか?」

「メイド長のソフィアは殿下がご幼少の頃からのお世話係だ。信用していい。それ以外のメンバーについては保証がない」


 ステファノは明後日、護衛騎士とメイド長に引き合わされることになる。


「3つ目の質問は何だね?」


 ネルソンはこの問答を面白がっているようだった。


「なぜ私にこのような大役を?」


 ステファノは今朝からそれが気になっていた。

 どこの馬の骨か知れぬ自分を、どうして信用してくれたのか?


「ふむ。勘だな」


 そう言って、ネルソンは肩を竦めた。


「勘ですか?」

「一応理由はある。お前の観察力、薬種に関する知識、人に警戒されない外見、王子に近い年齢。そういった物は今回のお役目にお誂え向きだ」


 だが、それは表向きの理由に過ぎない。ネルソンの目はそう言っていた。


「お前がどこの誰でもない有象無象だという点も、理由のひとつだ。――悪く思うなよ」


 下手に「誰それからの紹介」という触れ込みよりも、いっそ誰でもない人間の方が信用できる。

 敵が手先を送り込んだとすれば、もう少し気の利いた肩書を用意するであろう。


「だが、私の爪が汚れているからと解毒剤の調合を指摘された時は、心の底から驚いた。二つ名持ちの活躍を見た時よりもな」

「あの2人の戦い振りよりもですか?」


 ステファノは当惑して尋ねた。

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