「くれぐれも他人に漏らさんでくれ」
ネルソンはステファノに念を押した。
「詳しくは話せない。さる高貴なお方とだけ言っておこう」
その高貴な方が毒に倒れた。医師や魔法医に見せたが、特殊な毒のため解毒ができない。
毒の効果を抑えながら特殊な解毒剤を取り寄せる必要があった。そこで選ばれたのがネルソンだった。
解毒剤の薬効を確保するためには、採取してすぐに成分を抽出する必要がある。そのためにネルソン自ら薬草の産地に赴き、成分抽出を行ったのだ。
「ガル老師を護衛に付けるほどの危険と重要性。それを見て地位の高い方のためと推測しました」
コッシュを供に連れたのは経験を積ませるためではあるが、万一自分が倒れた時に任務を引き継がせるためでもあった。
「そこまでの秘密主義と万一への備え。それは事態の深刻さ、病人の重篤さを表していると思います」
ステファノは自分が推論に至った筋道を、ネルソンに説明した。
「君の言う通りだ。こちらの手の内が相手に読まれている。内通者を疑わざるを得ん」
苦し気にネルソンが認めた。
そもそも高貴な人物に毒を盛るなど、内通者がいなければできることではない。
すぐに取り寄せようとした解毒剤は、道中賊に襲われて届かなかった。それ故に信頼のおけるネルソン商会が頼られたのだ。
「商用に見えるようせがれを供にし、護衛も目立たぬようにしたのだが、あの始末だ。内情はすべて敵方に漏らされている」
「クリードさんが馬車に乗り合わせたのは、得難い幸運でした」
そう。人数を増やした2度目の襲撃など、ガル老師1人では防御に手が回り切らなかった可能性がある。
「本当だな。我ながら運の強さに驚いている」
「ご病人に神が味方しているか」
満更愛想ではなく、ステファノは思いを述べた。世に必要な人物、時代が求める傑物にはそういうことがあるのだろうと、素直に思っていた。しかし――。
「それとも、神よりも人が味方していると考えた方が素直かもしれません」
「人の味方だと?」
「誰かがご病人を守るためにクリードさんを送り込んだのでは?」
「それは……」
「二つ名持ちが二人。同じ馬車に乗り合わせるとは、どんな偶然でしょう」
ステファノは目を伏せて、紅茶のカップに口を付けた。
クリードは用心棒稼業だ。街から街へ移動したければ、護衛の仕事を探せばよい。二つ名持ちが雇えるとなれば、いくらでも声は掛かるだろう。わざわざ金を払って二等馬車に乗ることはない。
「助けられたことに浮かれて、目が曇っていたか」
ネルソンは顎に手を当てて、暫く考えに
「十分だ。今日から私の下で働いてもらおう。試用期間はなしだ」
「父さん?」
「私はネルソン商会のネルソンだ。長い間、人を見て来た。また、人を使っても来た。私は自分の目を信じる」
さばさばと言うと、ネルソンは冷めた紅茶をゆっくり飲み干した。
「ありがとうございます、旦那様」
ステファノは紅茶のカップを置き、言葉を改めた。これからはネルソン商会の使用人だ。
「勤めは明日からだ。今日の中に身の回りの物を纏め、使用人寮に入りなさい。詳しいことはマルチェルに聞くように」
「わかりました」
「明日は1日、マルチェルについて商会を案内して貰いなさい。本来なら1週間くらいじっくり見せたい所だが、時間が惜しい。
「畏まりました」
背後に近づいていたマルチェルがネルソンの下命に返事をした。
「私は今日、解毒剤をお届けに上がる」
「……」
「解毒剤は必ず効き目を現すはずだ。ご病人の回復を待って、明後日
「
ステファノは目を丸くした。