「悪いがうちでは弟子を取っとらん」
「やっぱり流派の秘匿技術を守るためですか?」
残念ながらガル師に弟子入りすることはかなわなかった。
「それもないとは言わんが、もっと簡単な理由じゃ。ワシの魔術は人に教えられんのよ」
老師は特殊すぎて、他人がなぜできないのか理解できないと言う。
「お主、人に息の仕方を教えられるかの? ワシにとって魔術とはそういうもんじゃ」
「それは……」
上級魔術師とはそこまでの存在であるのか。最早人の領域を超えているかと思われた。
「じゃからな、王立アカデミーの名誉教授などという肩書を貰ってはおるが、教壇で人を教えることなどできんのじゃ」
これも1つの縁だろうと、ガル師は魔術師の心得を授けてくれた。
「魔術だ何だと言うた所で所詮は人の為すことじゃ。自ずから人の身の内に備わった力であり、世界の理に従ったものである。すべての魔術はその事実を理解するところから始まるのじゃ」
「ありがとうございました」
老師の言葉をステファノは理解することができなかったが、いずれ魔術師となる時の財産にしようと心に深く刻み込んだ。
それ以上は事件もなく、馬車は魔術都市
街に入れば本来乗客はそれぞれの行き先へと別れて行くものであったが、今回はそうはいかなかった。まずは2度目の盗賊襲撃について街の守備隊に報告しなければならない。
唯一ネルソン親子だけはその場で帰された。単なる乗客で、戦いにも関わっていないからという理由であった。
ダールは御者であり、ステファノはその助手という扱いであった。戦ってはいないが、事件の当事者として今回も事情を聴かれることになった。
今度もステファノは賊のリーダーの似顔絵を描いたが、今日の相手は手配書に載ってはいなかった。
「そうそう、数日前の賊について連絡が来ておるぞ」
衛兵長はそう言って書付を取り出した。
「山犬のルチアーノだったな。わかっているだけでも二十人以上は殺しておるな。とんでもない奴だ」
最近は国を渡り歩いて傭兵稼業で稼いでいたらしい。そんな連中に襲われたら、並の駅馬車隊などではひとたまりもない。単身で10人を切り捨てたクリードの凄まじさが改めて浮き彫りになった。
「二つ名持ちというのは本当に凄いものだな。クリード殿」
「ただのクリードでいい。騎士でもなければ、
「ふむ。そうか。お主には恩賞が与えられる。金20万ギルだ」
衛兵長は金の入った袋を机に置いた。
「どうした。仕舞わないのか?」
金袋に手を出さないクリードを見て、衛兵長は怪訝そうに聞いた。
「この街には孤児院があったはずだ」
「教会付きの孤児院がある」
「俺の名は出さずに、そこに寄付してほしい」
クリードは衛兵長の目を見て、そう言った。
「自分で持って行ったらどうだ?」
衛兵長は目を細めて言った。
それでもクリードは金に手を出さなかった。
「俺が手にしては、その金に血の匂いが染みつく」
クリードは顔を背けるようにしてそう言った。
「そうか。領主名義で孤児院に渡されるよう手配しよう」
「感謝する」
衛兵長は深く問い詰めることなく、クリードの意向を受け入れた。
「今日の分は俺からの感謝だ。褒章は出せんがこの街にいる間は頼ってくれていい」
手配書こそ出ていないものの、今日の賊もこの近辺を荒らし回っていた一味に違いないという。守備隊としては目の上の瘤であったのだ。
「農民や旅人を襲う小悪党だ。普段は4、5人で動いているはずだが、今回は何組かがつるんで動いたらしい」
衛兵長の目はガル老師に向いていたが、特に声を掛けることは無かった。