「人を斬る時はできるだけ丁寧に斬れと、師匠には教わった」
「丁寧に、ですか?」
ステファノは問い返した。
「そうだ。仮にも人の命を絶つ上は剣を雑に振るってはならんとな」
斬られた者の人生はそこで終わる。これ程重い行為はあるまい。
「それにな。雑に振るえば剣筋が粗くなる。斬り損ねれば己が斬られる側に回る」
だから心を込めて斬るのだと、クリードは言った。幾ら鍛えようと、人の技に大した差はない。どれだけ心を込められるかで生と死が別れるのだと。
「師匠は自らの剣を『弱者の剣』と称されていた」
「それだけの達人がですか?」
「ああ。力も才もない者が生き残るためには心を磨くしかないと」
正に自分のことを言われているようだと、ステファノは思った。それこそ自分の生きるべき道ではないか。
「とても勉強になります。俺も弱者なりに強くなりたいです」
「そうか。お互い励まねばならんな」
クリードはにこりと微笑んだ。
クリードとダールに許しを乞い、ステファノは食べ終わった皿をどけてテーブルの上にノートを広げた。今日の出来事、ガル師やクリードの話を書き記すためだ。
「几帳面なことだな。学者のようだ」
「貧乏人が学者になるのは難しいそうですが、学者様のようなやり方は自分に合っていると思います」
ステファノは覚書を認めながら言った。
「心を磨けば俺でも何かの達人になれるでしょうか?」
問いを受けて、クリードは穏やかな笑みを浮かべた。
「なれるかなれないか、それは誰にもわからぬ。だがな、なれるかもしれぬ。そう思えるだけで幸せなことではないか?」
自分はそれを信じて日々鍛錬を続けている。
ステファノにはクリードの笑みが眩しいものに見えた。
「――俺は、自分が魔術師になれると信じます」
ステファノは自分に言い聞かせるように宣言した。不遇な現実から逃れるのではなく、望む未来を己の手で現実にする。その意思を胸の裡に確かめた。
「応援するぞ」
今度はクリードが眩しい思いをする番であった。若いステファノの決意は青臭いが、清冽に映った。
「貴族の世界のことなら少しは知っている。わからぬことがあったら聞きに来るといい」
魔術師は貴族の世界に属する職業だ。平民にはわからぬ法や仕来りに縛られていることもある。迂闊に踏み込めば大火傷をする。
それを知るが故、クリードは応援を申し出た。この大人しくも無謀な少年に挑戦する機会を与えたくなったのだ。かつて師が自分にそうしてくれたように。
「それはそれとして、ステファノも護身術を学んだ方が良いな」
今日のようなことがまた無いとも限らない。その時に最低限身を護る
「それだったらエバさんに教わった技を補強するようなものがいいですね」
「どんな技を教わった?」
クリードはステファノに覚えた技を遣わせてみた。
「なるほど。どうやら関節技と
力が弱いエバは打撃を捨て、相手の関節を取ったり体のツボを押さえて動きを制する技を選んでいた。男とは言え小柄なステファノに適した戦い方であった。
「戦いに巻き込まれたら、決して正面から敵に挑むな」
先ず生き残ることのみを考えよとクリードは教えた。
「二人以上の敵と戦おうとするな。構えている敵に立ち向かうな」
徹頭徹尾相手の隙を突くことに徹せよと言う。
「知らぬ者にはお前は子供に見える。それを利用しろ。怯えていると見せて油断した背中を突け」
寧ろ積極的に油断を誘えとクリードは言った。こちらの弱みを見せ、敵の思考を誘導する。
「力で抑えることができぬなら、心で相手を支配しろ。敵の心に己を寄せ、こちらの思う所へと動かすのだ」
それが弱者の剣の極意だと真っ直ぐな目で、クリードは言った。