クリードは敵の右翼の外側に膨らむ。射手が矢を放たんとした呼吸を捉えて疾走をピタリと止め、今度は内側に向けて急角度に走り込む。
射手はクリードが進むはずだった方向に矢を飛ばしてしまった。その間にクリードは敵陣最右翼まで5歩の所まで迫っている。
第2矢を番え終る前に、クリードは1人目の敵に斬り掛かった。
相手が剣を振り被った拍子に剣を差し伸べ、ついっと首筋を引き切る。そのまま前蹴りで蹴倒すと、巻き込まれた奴の脳天を打ち込む。そいつがよろめく隙にまた首筋を斬る。
流れ作業のように前や横に出ようとする敵を1人ずつ倒して行く。乱戦の中で弓はもう役に立たない。
クリードの剣は振り幅が小さく、急所のみを捉える。敵の剣と打ち合わせることもなかった。
既に半数を無力化し、中央の頭目に迫る。頭目は1人だけ盾を構え、守りを固めていた。クリードの剣を受け止め、動きを止めて斬り伏せようと待ち受ける。
クリードは一瞬の躊躇いもなく正面から突っ込んだ。
斬り掛かってくると思った頭目は、盾を押し出して衝撃に備える。
ところが、クリードは剣先を後ろに向けたまま左肩から盾にぶち当たっていった。
片手持ちの盾ではクリードの体当たりを支え切れない。態勢を崩され、頭目は堪えきれずによろめいた。
踏ん張りが効かない頭目をクリードは左
堪らず、頭目は腰から倒れ込んだ。それでも盾をかざして身を守ろうとする。クリードは盾からはみ出た両足に、すぱりすぱりと斬りつけた。それだけで頭目は最早戦えない。
弓を捨てた射手が短剣を構えるが、腰が引けている。クリードは無造作に腹を刺す。残りは3人。
敵わぬと見て、逃げ出すところを両手の横
すべての敵を斬り伏せたクリードは、1歩下がって油断なく辺りを見回す。伏兵はなく、倒れた敵が攻撃力を失っていることを確認した上で、クリードは1人ずつ止めを刺していった。
「糞っ、何だてめえは? 護衛はいねえはずじゃなかったのか……?」
血を失いつつも頭目はまだ生きていた。
「誰の命令だ?」
クリードが短く尋ねた。
「畜生!
そう言うと、頭目は隠し持っていたダガーで喉を突いた。
「いやあ、今どき珍しい戦場流儀じゃの?」
クリードが馬車に戻ると、にまにまと笑顔を浮かべたガル師が声を掛けた。
「田舎剣法です。見苦しい技をお見せしました」
「クリードさん、これを」
返り血を浴びたクリードにステファノは手拭いと水袋を差し出した。
「もうすぐ街ですから、水は好きなだけ使って構いません」
「済まぬ。借りよう」
同乗者に血なまぐさい思いをさせぬよう、クリードは体と剣を清めた。最小限の剣しか振るっていないため、返り血は驚くほど少なかった。
「弓を備えた賊10人を一人で斬り伏せるとは、想像以上の
再び馬車が走り出すと、興奮冷めやらぬネルソンが言った。
「黒髪黒目の両手剣使い――。そうかお主が
ぼそりと、ガル師が
「飯綱使いとは?」
ネルソンが尋ねた。
「ふむ。来るとわかっていても止められぬ。剣を合わせることもできずに、相手は斬られる。神速の剣士の二つ名じゃ」
「クリードさんはそのように高名な剣士でしたか」
ネルソンは目を丸くした。
「お前さんが乗った馬車にたまたま飯綱使いが乗り合わせた。これもまた天運、強運というもんじゃろう」
ガル師はそう言って、目を細めた。ならば、自分が乗り合わせたことは偶然ではないということか?
ステファノは車内の会話に聞き耳を立てた。
「クリードさん、実は私は価値あるものを運んでおります。ガル老師にはその護衛をお願いしておりました。図らずも盗賊からお守り頂き、ありがとうございました」
「気にするな。賊が出たので身を守っただけのこと。剣士が戦うのは当然のことだ」
野良犬を追い払ったような気軽さで、クリードはネルソンの礼を受け流した。