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第12話 夜の番。

「そんな偉い魔術師さんが、何で二等馬車なんかに?」

「――大きな声じゃ言えねえが、老師は役人とか貴族が大嫌いなんだそうだ。一等は、そんな連中ばっかりだからな」

「あー、それで。あのお爺さんならそうかもしれませんね」

「そういうこと。ちなみに、うちの親父はケチ・・だから二等に乗ってるだけだ」

「ははは。笑って良かったですか?」


 ステファノは口を押えた。


「構わねえさ。本当のことだ。盗賊に狙われにくいって理由もあるがな」

「二等にも良い所があるんですねえ」

「見かけに騙されるなってのが、親父の口癖さ。『糞でも畑の役に立つ』ってさ」

「ははは。酷いですね」

「うん? 酷いって何が?」


 コッシュは首を傾げた。


「だって、『糞』ってコッシュさんのことでしょ?」

「違うわ!」


 へそを曲げたコッシュは、ぶつぶつ言いながら毛布を被って寝てしまった。


「あー、やっちゃったなあ……」


 ひとり残されたステファノは、気持ちを切り替えて背嚢からノートとペンを取り出した。今日の出来事。知り合った人のことなどを記していく。


「盗賊の話は為になったな。集団で襲って来ないとすると、街道で居合わせた人とか、浅い知り合いが盗賊に変わることの方がおっかないな」


 街道が物騒だというのは、そういう事全体を指しているのだろう。


「人を見たら泥棒と思えって、そういう事か」


 ステファノは納得すると、ノートを仕舞った。


 飯屋の下働きとして生きてきたステファノであったが、この日のために少ない給金をこつこつ貯めてきた。部屋を借りて半年くらいは何とか生きていけるだけの金額が溜まっていた。

 道中でその金を奪われることが一番の心配であったが、ダールやコッシュの話を聞くと、盗賊の心配はなさそうだった。


 乗客もクリードを除けば、身元のしっかりした人間ばかりである。


「クリードさんは大丈夫」


 少しかたくなな所があるが、ステファノの目には善人と映った。


たきぎ拾いにも付き合ってくれたし」


 二等とはいえ馬車に乗れるだけの金を持っているのだ。野盗に化けることはないだろう。


「ガル老師に雇ってもらうっていうのは、虫が良すぎるだろうな……」


 お付きの小僧さんの代わりなら十分務まりそうだが。


「いきなりは難しそうだ」


 身近に置く人間、しかも秘密の多い魔術師の付き人となれば、何よりも「信用」が必要だ。


「馬車に乗り合わせただけではね……」


 そんな人間が魔術の秘密を嗅ぎ回ったりすれば、すぐに怪しまれてしまうだろう。


「やっぱり正規の口入屋を通すべきだな」


 回り道のようではあるが、真っ当なルートで働き口を探すべきであろうとステファノはひとりごちた。


 ステファノがそんな品定めをしていたとは知らず、クリードは剣の手入れをしていた。剣士のたしなみであり、寝る前の日課だった。


 鉄は錆びる。錆が広がることを防ぐために、剣身をやすりで擦り砥石で磨く。


 流れ者のような暮らしでは簡単な道具しか持ち歩けない。クリードの剣は無骨で実用一辺倒の物なので、最低限の手入れで十分だった。最後に油を染み込ませた布で鐔元つばもとから剣先まで拭い上げる。


 鏡のような仕上がりとは言えないが、白く光る剣身を確かめてからクリードは剣を鞘に納めた。


 傍らに剣を横たえたクリードは、懐から何かを取り出した。五センチほどのそれは、楕円形のブローチだった。


 指先で表面をしばらくなぞり、両手で包んだブローチを額に当てて、クリードは俯いた。何かを祈っているのか。

 ブローチを内ポケットに戻し、クリードは毛布にくるまった。


 時折狼の遠吠えが聞こえてきたが、野営地に獣が現れることはなかった。4時間経ったと思われる頃、ステファノはダールを揺り起こした。


 顔を擦って眠気を覚ましたダールは、星の位置を眺めて時刻を推量した。


「良し。後は朝まで俺が引き受けるぜ」

「変わったことはありませんでした。後はお願いします」


 一言で引継ぎを済ませると、ステファノは毛布に身を包んで横たわった。

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