「戻ったぜ。馬はつなぎ終わったようだな」
言いながら、ダールはハーネスのつなぎ具合を確認して行く。
「大方問題ないな。ここの遊びがわかるか? ここはもう少ししっかり締め上げて大丈夫だ。遊びがあると馬具が
指で示しながら、ステファノに締め直させる。自分の目でしっかり確認することも忘れない。
「良し。それでいいだろう。お客さんには全員声を掛けて来たから、もう10分もすりゃあ揃うだろう」
言葉通り、
「そのトランクは格別に重いから屋根の真ん中に
客達も1人ひとり馬車に乗り込み、席に収まった。男ばかり5人。商人親子の2人連れ、浅黒い剣士風の男、そして小ぎれいな老人とお付きの小僧さん。
ダールの駅馬車は2等馬車だ。この上には小金持ちや貴族の陪臣などが使う1等馬車クラスがある。1等になると御者も馬車も大分上等になるが、その分料金も高い。掛かる日数は同じなのによと、ダールは皮肉に言っていた。
「出発しやーす!」
ダールの号令で馬車が走り出す。今日も幸いなことに天候に恵まれそうだ。雨の中の野営は骨が折れるので、晴れてくれるのは本当にありがたい。
客も含めて予め用を足してから出発したので、昼の休憩までは走り詰めで行程を稼ぐ。長い道程では何があるかわからない。常に余裕を取っておくのが御者の心得だ。
太陽が中天に差し掛かった頃合いで、幾つかある野営地の1つにダールは馬車を停めた。
「ここで休憩しやしょう。弁当のある方は、めいめいにどうぞ。トイレも今の内に済ませて下せえ。くれぐれも遠くへは行かねえように。馬車が見える範囲でお願えしやす」
男同士ならこれで良い。格好は悪いが、皆草むらから顔を出す格好で用を足すのだ。乗客に婦人が混ざると、これが厄介だ。女性は物陰に入り、
「女の人の1人旅だったら、どうするんですか?」
ステファノは興味本位で聞いてみた。
「女が1人で旅なんかするもんか。いても婆か、あばずれだろうぜ」
立ち小便でも野糞でも平気でやるだろうさと、ダールは笑った。
昼飯は乗車賃に含まれていない。乗客たちは馬車から降りて腰を伸ばしつつ、思い思いに休憩を取った。
「俺達も昼にしよう」
ダール達は朝食を摂った飯屋で、パンにハムと野菜を挟んだパニーニを買ってあった。
「どうかしたかい?」
パニーニに
「いえ、ちょっと――」
そう言うと、ステファノはハンティングナイフでパニーニを2つに切り分けた。
「俺には多すぎるんで、あっちのお客さんにお裾分けして来ます」
見ると、2人連れの2組は弁当を食べ始めていたが、剣士風の男は飯も食わずにただ腰掛けていた。
「好きにしろ。あんちゃんも物好きだな」
ダールは我関せずと食事を続けた。それを許しと解釈して、ステファノは剣士のいる木陰に歩いて行った。
「お客さん、すいません」
ステファノは男に声を掛けた。
「――何だ? 何か用か?」
男は目も上げず、不愛想に答えた。
「弁当用のパニーニが俺にはちょっと大き過ぎるんで、半分手伝って貰えませんか?」
「要らん。施しを受ける謂れはない」
相変わらず不愛想な声だった。
「夜には飯を食わせてくれるんだろう? それまでくらいは食わなくても平気だ」
確かに、1日3食という決まりはない。朝と夕、2食で済ませる家も珍しくないのだ。
「施しじゃありません。パンは柔らかい内に食べた方が美味いし、俺1人じゃ持て余すので――」
「お前、しつこいな」
剣士は初めて目を上げて、ステファノを睨んだ。語気に相応しく、細く鋭い目の持ち主だった。