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第6話 旅の苦労。

「さて、メシにするか?」


 スッキリしたらしいダールが、藁の寝床から身を起こした。


「約束したからな。今日は肉を食わしてやる」


 本来ステファノの食事は自分持ちだ。今日は役に立ったので褒美ということだろう。御者の稼ぎも多くはなかろうに、律儀なことである。


「馬はおいらの飯の種だからな」


 馬喰ばくろうの子として育ったダールである。馬は家族であり、財産だった。

 連れて行かれたのはダールの馴染みの店だった。小さな飾り気もない店であったが、奥からは旨そうな匂いが漂って来る。


「良さそうな店ですね」


 店内を見回したステファノが言う。


「飯屋のせがれのお墨付きかい。お貴族様に褒められるより確かだな」


 ダールが笑って言う。


「おや? おめえ、飯屋のせがれかい」


 店の婆がステファノを品定めするように見る。


「うん。昨日まで店を手伝ってました」

「ふうん。何があったか知らねえが、家を出たなら半端はできねえ。気張ってやんな」

「うん。そのつもりです」


 婆はステファノの目を覗き込んだ。


「へっ。いい目の色だよ。若いもんはそうでなきゃあね」


 老婆は、注文も聞かず下がって行った。


「気に入られたみてえだな。あんちゃんの歳だと孫みてえなもんか?」


 3分経ったかどうか。老婆がお盆を持って来た。


「ほいよ。飯とワイン」


 メニューなどという洒落たものはない。何やら肉の煮込みに、野菜とパンを添えたものだ。


「ここはよ、夜は必ず肉を出すんだ。足りなかったら遠慮してねえで言うんだぜ。何の肉だか知らねえがな」

「頂きます。毎晩肉を出すのは大変でしょうね」


 ついステファノは店側の目線で考えてしまう。小さな町の飯屋である。肉を切らさずに仕入れるというのは、簡単なことではない。生肉は保存がきかないのだ。


「牛テールの煮込みですね。うん。臭みがなくて美味い」


 素材、スパイス、調理法。何よりアクを取り除く手間暇。上品な料理ではないが、手抜きのないことがわかる味わいだった。


 ダールは料理はそこそこに、ワインの方を楽しんでいる。17のステファノにはまだ酒の楽しみ方は良くわからないが、ダールの中の「固まり」のようなものが解けていくのがわかった。


「今日1日付き合ってみて、おめえの様子は大概わかったぜ。初日とは思えない気の付きようだ。おめえさえよければ、俺んところで働いてもらいてえくらいだ」


 ダールは旅の初日が無事に終わって、だいぶ機嫌が良いようだ。


「ありがとうございます。でも、まじタウンでしばらく頑張りたいと思ってるんで」

「そうかい。無理強いはしねえぜ」

「明日は野営になるんですよね」


 次の街まで距離があるため、どうしても一晩野宿になる。乗客も辛かろうが、世話する方も気を遣う。今回の客は男ばかりなので、気楽な方だ。女客は色気になることもあるが、大概は面倒の元になった。トイレ1つにも気を遣う。野営の食事にも文句を言われることが多いのだと、ダールはこぼす。


「何を言われても頭を下げとけ。この先何日も付き合わなきゃならねえんだからな」

「酔っ払いに絡まれるよりはマシでしょう」

「ちげえねえ。ハハハ」


 ステファノも野営は初めてである。冷え込む季節ではないが、露天の夜明かしはきつそうだ。


き木を集めるのは、あんちゃんに頼むぜ」


 水は馬車に積んで行くが、焚き木は現地調達である。馬車で運べる荷物の量は限られている。余計なものを積む隙間はない。


「簡単なものでよければ、食事の支度もできますよ」

「料理の方も行けるのか? つっても、塩漬けベーコンをぶち込んでスープを煮るだけだがな」


 後はカチカチのパンを配って終わりである。翌朝はその残りを温めるだけだ。


「格別美味しいものは作れませんが、食べられる程度には」


 10年の下働きは伊達ではない。煮炊きの当番は飽きるほどやってきた。


「なら食事の支度もあんちゃんに頼むとするか。だいぶ楽ができそうだ」


 機嫌の良いダールに旅の苦労話を聞きながら、ステファノは煮込みを平らげた。

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