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第3話 戦う前から勝ちは見えている。

「だからって呪タウンまで行かんでも――」


 バンスの抵抗が弱々しくなってきた。あと一歩だと、ステファノはテーブルの下で拳を握りしめる。


「魔術師は秘密主義者なんだ」


 ステファノは、ここぞとばかり畳み掛けた。


 魔術は門外不出と言われていた。術の系統ごとに様々な流派が乱立しており、その殆どが呪タウンと呼ばれる街に集中していた。


「魔術については本にも書かれていないから、貴族様だろうと学者様だろうと呪タウンに行かなければ習得できない」

「それにしたって弟子になれなきゃ始まらねえんじゃ――」

「弟子になれなくても良いんだ」


 ステファノは歯切れよく応酬する。


「下働きでも掃除夫でも、魔術師様の家に入り込めれば何とかなるさ」


 言葉は悪いが、どうせ術を盗むしかないのだ。弟子の指導風景を見て、真似するだけなら罪にはなるまい。


「万一モノにならなかったとしてもさ。やることは今と変わらないよ。料理や掃除をして給金をもらう生活さ」


 だからこその「負けのない賭け」なのである。負けが負けにならない。


「戦う前から勝ちは見えてるんだ」

「店はどうするんだ」


 バンスはますます元気を失くした。


「トニーの弟が働きたいと言ってる」

「トニーん所のか。あれは歳幾つだ」

「12歳さ。下働きくらいなら務まるだろう」

「おめえの仕事くらい誰でもできるだろうからな」


 バンスがせめてもと憎まれ口をきく。


「本当にね」


 しみじみとステファノが頷いた。それこそが家と街を出ていく理由なのだから。

 そもそもの話、ステファノは次男坊だ。上に兄貴がいる。今は料理人の修行に出ているが、来年には帰ってくるだろう。

 店は勿論兄貴が継ぐ。


「いつ出発だ?」


 諦めた声音でバンスは尋ねた。


「ひと月後の誕生日に出て行くよ。それまでにはレニーへの引き継ぎを済ませる」

「レニーってのか、トニーの舎弟は?」


 似たような名前を付けやがってと、バンスは八つ当たりをする。


 その日1日バンスは何時にもまして口数が少なかった。


 誕生日までの1か月、ステファノはできるかぎりの準備に専念した。旅の支度は勿論、呪タウンの事情や、魔術について聞けるだけの話を収集した。

 小さな街での聞き込みでは大した話は聞けなかったが、情報はステファノの大事な武器だ。武器を持たずに狩りに出る奴は阿呆に決まっている。


 魔術師崩れの女性に話を聞くことができたのは幸運だった。エバというその女性はバンスの店に客としてやってきた。ステファノは給仕をするついでに彼女から話を聞くことができたのだ。


「あたしの田舎もちっぽけな街だったよ。小娘の頃に、たまたま街に来た旅の魔術師に手ほどきを受けてさ」


 おかずを一品サービスして上げると、エバは身の上話を聞かせてくれた。


「筋が良いとかおだてられてね。なあに、簡単な火魔術さ」


 火魔術の基礎は火種に着火する魔術だと言う。燧石があれば誰でもできることだが、手も動かさずに火を発することの不思議さは少女を感動させた。


「その気になっちまってね。どうせ貧乏職人の末っ子さ。お針子か女中にでもなるしか生きる道はなさそうだし、なれるもんなら魔術師になってみたくてね」


 その頃の憧れを思い出したのか、エバは遠くを見る目をした。


「その魔術師に拝み込んで弟子入りしてさ。付き人をしながら旅回りさ」


 半年で才能なしと言い渡された。


「初歩の魔術はね。すんなり覚えられたんだよ。でもそこから先に進めなくて」


 エバは目を伏せた。


 種火の術、微風そよかぜの術、遠見とおみの術、遠耳とおみみの術など、道具があればできるようなことなら魔術でできるようになった。だが、それだけだ。


「強い術、複雑な術ってのは誰にでも身に着けられるもんじゃないのさ」


 エバは口元を歪めた。


 ステファノは自分にも手ほどきをしてくれないかと頼んでみたが、エバはどうしても首を縦に振らなかった。


「やめときな。余計な苦労をするだけさ」


 口調は厳しかったが、エバの目はステファノの行末を案じるものであった。

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