ベルナに近づくゴンドラは、それぞれ腕と足を延ばし、背中から巨大な羽を生やした、巨人の姿を取った。
ロープにつるされているだけではなく、そのまま空中に浮かび、口を大きく開いて咆哮する。
一斉の雄たけびに、空気が震える。
木偶にしては、生生しい。筋肉が付くところは太く、筋や骨のところは極端に細くなっていて、血管が皮膚近くを幾本も走っている。
肉の隙間から覗いたという表現がピッタリな目も、爛々と輝いている。
登賀は三十メートルほど離れた所で立って、鼻を鳴らした。
堕天使本体ではないが、彼らが作る生物には他ならない。
巨人の手の上に、一人、刀を持つ青年が彼女を睨んでいた。
まるで投げるように腕をふった巨人から、仙久戯が彼女の立つベルナの触手外殻の上に飛び乗ってきた。
「この前は世話になったからな。礼をしに来た」
刀をかまえ、仙久戯は冷たく言う。
「あたしの身体に指一本でも触れてみてよ。以前みたいに半端な目じゃすまなくしてあげるから」
登賀はショットガンを彼に向ける。
二人は一斉に反対方向の横に跳んだ。
次の瞬間、接近した巨人がもろとも触手を叩き砕いたのだ。
巨人たちは、二人を置いて、真っすぐベルナの本体に進んでいった。
「狂暴過ぎない? あんたのお友達」
「あとで叱っておく」
ショットガンの一発目の弾丸はすでに彼のいないところに撃たれた。
すでに仙久戯は角ばった進路で幾本の触手を経由しつつ、登賀に近づいていたのだ。
狙いづらさに、登賀は舌打ちする。
まだ距離のあるうちに、仙久戯は登賀の後ろに回る。少女が振り返ると、すでに男の姿は横に移動していて、さらにショットガンの腕を向けるときには、再び背後に足を付けていた。
苛立った登賀は、両手を軽く広げて差し出した。
二の腕から先が変化して、本人の頭より遥かに大きな多数現れ、銃身の塊となった。
腕の下部から、濃い蒸気が吹き出して、スカートをはためかす。
片方の腕を仙久戯に狙いをつけると、もう片方が移動するであろう場所に爆発させるような銃弾の嵐を撃ちだす。
一瞬、動きが止まった仙久戯は、登賀のしたにある触手に飛び乗った。
登賀は右手の銃口を降ろし、足元のベルナの外殻ごと、爆音とともに吹き飛ばす。
触手が砕けて、すぐ目の前が断崖になる。
少女の足元に自己の銃弾とは違う衝撃が来た。
見ると、右足の甲が伸びた鋭い刀の刃で貫かれていたのだ。
「……;っそ!!」
痛みはないが、引き抜ける長さではないために、動けなくなった登賀は思わず悪態をつく。
右側に逆手に持った手が、外殻を突き刺していた。
銃口の束になっている腕の先で狙いをつける。
発砲する寸前、ナイフを残して手が消えた。
正面から吹きがるように両足が現れて、腰が折られ、仙久戯の全身が登賀の目の前に現れる。
彼は右の逆手に持った小刀で、こちらに向けられようとした左腕を綺麗に切断する。
勢いで左手の小刀を登賀の右腕を突き刺した。
少女の顔がこわばる。
仙久戯は会心の笑みを浮かべる。
はじめて見たが、身も凍るような冷え冷えとした残忍なものだ
登賀は思わず動けなくなった。
彼が振り上げた小刀に力を込めた瞬間、頭上から鎖が幾本も走り降りてきた。
登賀の小さな体に巻きつくと、そのまま軽々と一瞬で上空に引っ張り上がってゆく。
小刀は空を切っただけだった。
蜘蛛の巣より複雑なワイヤーに、壱樹と久宮が立っていた。
登賀はそのまま、網に放り投げられるように、転がされる。
チェーンは解かれないままだ。
「……さてと、登賀。いい加減、その子から離れてくれないかな?」
壱樹は風刀の柄を握っている。
自分がいる場所に驚きを覚えつつ、少女は睨んできた。
「これはあたしのものなの! もう無理だよ」
「登賀、良いことおしえてやるよ。おまえがその身体に入っている以上、いや、生きている以上は、堕天使が狙い続けることになる。そうなると、一番困るのは、誰だと思う?」
「……誰も困らない。壱樹は勘違いしてるよ」
鼻を鳴らしながら、少女は言う。
「勘違い?」
壱樹は眉をしかめる。
「お父さんは、あっちにいるんだよ!」
少女は巨大な構造物にも見えるベルナを顎で示した。
「……まさか……」
その時、ワイヤーでできた網の間のいたるところからベルナの触手が伸びてきて、十数体の人の姿をとった。
「……よぉ? ウチの娘に何しようとしてるんだ、おまえら?」
「おまえ、登賀……?」
異形といっていい人型の身体に、壱樹は舌打ちした。
「随分、酷い目に合わせてくれたじゃないか。放っておくわけにはかねぇなぁ」
先頭の一人だけが喋べっているが、背後の十数体も同じ相手を見下した表情でうすら笑いらしきものを浮かべている。
「なーんだ。遠慮いらないってことじゃなーい?」
久宮は少女に巻きつけてある鎖を手元で切断して、楽しそうな声を上げた。
円刀を先につけた新たな鎖が現れて、明後日の方向に走るように伸びていく。
「なにをして……」
鎖は途中から曲がり、彼らを囲むようにぐるりと回った。
「ほい!」
久宮は囲みを狭めると、網の下から生えていた彼らが根本から一気に刈られた。
驚愕しつつ、身体が泡立つようにして、解けてゆく。
「あっけねぇ……」
壱樹は呆れた。
だが、次にはさらに呆れた。
二人の目の前で、ベルナがワイヤーの網の目を挟むかのように巨大化していったのだ。
あっという間に、百メートルは超えていった。
ちらりと壱樹が目をやると、久宮は首を振った。
「無理でしょ、あんなデカいの」
「だよなぁ」
足元では、ゴンドラが変化した巨人達も近寄れずに空中でベルナを見上げていた。
どこまでも成長してゆくベルナの外殻が二人の目の前まで来た。
「久宮、ちょっと陽慈璃の貸してくれ」
「ん」
ジャラリと鎖が鳴って、彼のそばに円刀が転がった。
壱樹は両手に風刀を持つと、ベルナに切りつけた。
無機物とも有機物ともとれない表面が割れる。
蠢いて元に戻ろうとする寸前に、鎖で二つの柄を接合させると、強引に中にねじ込んだ。
「よし、いったん戻るぞ」
「あいよー」
久宮は再び少女に鎖をつないで、引きずった。
地上の明かりが、普段の十倍は輝きを増し、せわしなく輝いている。
まるで燃え上がるかのように。
ゴンドラまで戻ると、陽慈璃はテーブルで場違いな優雅さを醸し出しながら、ワインを飲んでいた。
「おや? お帰り二人とも。それと、那緒だね」
少女は壁際に座らせられた。まだ鎖で拘束されて手足の自由がきかないままだ。
「のん気だなぁ」
「陽慈璃、あたしオレンジジュース!」
「久宮もかよ」
壱樹は飴を舐めつつ、疲れを見せて椅子に座った。
「君だって一休みする気満々じゃないか」
陽慈璃は小さく笑って少女を顎でしめした。
「コイツを捕まえてきたんだ。ベルナがどう出るかの様子見だよ」
「んとさぁ、壱樹。あれ、こっちのほうに来てない?」
久宮は窓の外を見ていた。
ベルナの膨張は止まらないでいた。
「コレ、他の地区も巻き込むかもなぁ」
文字列に囲まれている陽慈璃は落ち着いてニュースを眺めている。
ベルナ・コミュニティの変化に、露夢衣の人々が混乱しているらしい。
「それよりもだ。陽慈璃、連れてきたぜ?」
少女を示す。
今や彼には、登賀なのか那緒なのか、正体がわからなくなっている。
「ご苦労さん」
立ち上がった陽慈璃は、少女のそばまで来た。
じっとその瞳を覗き込み、ふぅんと、鼻を鳴らす。
「良い趣味してるね、君」
「あんたにだけは、言われたくなかったよ!」
「おやおやー、あたしのせいにするのかな?」
陽慈璃はおかしそうにニヤケた。
「あんた以外、誰がいるのさ!?」
「……でも実は、嫌がってないだろう、君? むしろ、本望だろう?」
静かに鋭く言うと、少女は何か返そうとしたが、結局、睨んだだけで黙った。
陽慈璃の意味深な言葉に、壱樹も久宮も怪訝そうに、少女に注目した。
「正直なところ、おまえ、中身は誰だ?」
壱樹に、少女は黙った。
わざわざ追及することもなく、目を陽慈璃に向ける。
「……この子はね、登賀本人でもあり、那緒でもあるんだ。正確には、那緒化した登賀、だね」
「どういうこと?」
いまいちよくわからない。
「もうね、問題はベルナなんだよ」
すでに、ベルナは彼らのゴンドラの一方の視界を覆うほどになっていた。
「アレ、典馬が使うただの木偶だったよな? 本人はどこ行った?」
「ん?」
陽慈璃は壱樹に目をやって、微笑んだ。
ゴンドラが揺れた。
「ここにいたか」
ドアの上から、仙久戯が降りて中に降り立った。
一つ、区切りを入れるように、刀を下に向けたまま軽く振る。
「登賀を連れて、逃げるつもりだったか?」
彼は、壱樹を睨んでいた。
「逃げる?」
「ああ。本体を殺し、木偶に成り下がってまでして最後は何食わぬ顔で逃げようとしてたんだろう?」
壱樹は相手が何を言っているのか、まったくわからなかった。
後ろで、久宮が鎖を垂らして身構える。
ベルナが、急に咆哮してワイヤーを揺らした。
その響きが、壱樹の精神を乱した。
飴。
口の中のモノでも足りないぐらいの不安感に襲われる。
仙久戯が刀を振りかぶると、久宮が鎖の束を飛ばした。
広がってくる前に吹き込み、刀で鎖を巻き込むようにしてから、床に叩き落す。
瞬時に、久宮は仙久戯の背後に立っていた。
移動するところが、まったく見えずに。
驚くこともなく、仙久戯は鎖から抜いた刀の柄を後ろに突く。
丁度鎖を振るおうとしていた久宮は、不意を打たれて思わず後ろに飛びのいた。
足の向きを変えただけで振り返った仙久戯は、もう一度、刀の峰に手を起きながら、久宮の身体に切っ先を走らせる。
鎖で横に払おうとして逆に跳ね返された久宮は、寸前で身体を横にして避けた。
仙久戯はそのまま当身を食らわせようとする。
また、久宮は彼の後ろに瞬間移動した。
仙久戯はバランスを崩す。
首に鎖を巻いて、一気に久宮が締め上げる。
肘鉄を繰り出す仙久戯だが、久宮は身体を離して触れられない位置にいた。
「おい待て、久宮。仙久戯から話を聞きたい」
壱樹が言うと、目だけ向けて一瞬、迷うかのような様子をみせてくる。
「……壱樹、ここで皆を殺してしまおうよ?」
珍しく、真剣な言葉を発する。
「殺すって……おまえ……」
「余計なこと考えないでいいんだよ。もういいから、全て終わりにしよ?」
「おまえまで、訳の分からないことを……教えろよ、おまえら!? 意地でも話してもらうぞ!」
誰に構えるという訳でもなかったが、ヒップバックから拳銃を抜く。
陽慈璃が大きく息を吐いた。
「あたしが、説明するよ」
再び、テーブルでワイングラスに一口つける。
「陽慈璃!」
久宮が抗議の声を上げるが、鼻で笑われた。
「君も都合がいいねぇ、久宮。さてと、わかってないのは壱樹と、勘違いしているのは、那緒だ。ついでに、今、ロープウェイに憑依した堕天使達も困惑している」
彼女は、登賀を那緒と言った。
一同は静まって、陽慈璃の言葉を待つ。
「いいかな? 典馬はね、逃げたんだよ。堕天使に利用される前に」
「逃げた?」
壱樹が聞き返す。
うなづいて、陽慈璃は薄笑いを浮かべつつ、また口を開く。
「堕天使達が、唯一の人間として露夢衣を完全に己達の管理下に置こうとしたんだけど、典馬はそれを拒絶したのさ」
「あいつは、露夢衣の破壊を企ててたんじゃないのか?」
「違う。最終的には、堕天使達からの自己の解放が目的だよ。そのために、最終手段として、自分の魂を殺したんだ」
「自分で殺した!?」
「その結果、どうなったと思う?」
陽慈璃は興味深そうに壱樹を見つめる。
不安が頭のなかで暴れまわる。
「壱樹、君はアマテウの命令でバタフライ・メーカーを追っていたが、あれは君だった。そして、同じく、木偶として動いていた典馬は君だ、壱樹」
驚いたのは、壱樹だけじゃない。
鎖で拘束された少女も、驚愕のために言葉を失っている。
「バカな!? 俺は俺だろう!?」
壱樹は絞り出すかのように声を上げた。
「君はアマテウが造った木偶なんだよ、壱樹」
言われて、壱樹は言葉がでなかった。
久宮は、俯いていた。
「典馬はおまえとして堕天使達の手から逃げたんだよ。けどね、安心しなよ。久宮の依頼は典馬から守ることなんよね? ならもう達成したじゃないか」
「……俺は、俺だ」
足元が崩れてしまいそうな感覚に襲われて、壱樹は必死に自分を保とうと呟いた。
「そう、君は君だ。それでいい」
壱樹は、急に振り向いた。
窓の外には、肥大したベルナの外殻が目の前にあった。
「ざけてんじゃねぇよ……」
遠隔で風刀の柄の両端から制限のない長さの刃を出現させる。
円刀とつなげられた風刀は、回転して縦横に走り出し、ベルナ内部をズタズタに引き裂さく。
ベルナはまた、咆哮した。
悲鳴に近い、絶叫に聞こえる。
「陽慈璃、ロープウェイのワイヤーを元に戻せ」
有無を言わせない口調だ。
彼女はうなづいた。
以前の通り、触れるものを物質的にも精神的にも破壊する堕天使の支配するモノと戻る。
ベルナの身体が丁度ワイヤーを挟んだところからいきなり切断される。
崩れ倒れた上部はワイヤーの網の上に落ち、さらに砕けていった。
残された下方部分は、壱樹の風刀が暴れまわり細切れにしてゆく。
ベルナの巨体は、あっという間に完全に破壊された。
彼らのゴンドラは、そのまま進んだ。
堕天使の姿をとった巨人は、ゆっくりと上空に浮上していた。
すでにワイヤーの網は通り抜けている。
「あいつら、ベルナを破壊したってのに、まだここらに居座る気か」
壱樹は舌打ちする。
「多分、奴らの目的は、五星だろうね」
陽慈璃は冷静に読んでいた。
「ただ、もうワイヤーを伝って、主な能力を潰しておいた。あれはもう、ただの木偶でしかないよ」
「んー、武器がねぇ……」
ヒップバックから、二つに刃の別れた短刀を取り出すが、興味もなさそうに、ゴンドラの住に投げ捨てた。
ベルナを切り刻んだ風刀と円刀は、南西部のどこかに消えていた。
「うん? 同じものぐらい、持ってるよ?」
何気なしに、陽慈璃は、平行して停まっているゴンドラから、両方を取ってきた。
そういえば壱樹の風刀は、彼女が造ったものだった。
「五星を潰されるのはちょっと困る」
「わかってるよ。大体、ウチの久宮も困るだろうしな」
「はーい、ウチの久宮ですー!!」
元気に手を挙げて、壱樹の言葉をマネする。
「うるさいな、黙ってろよ」
壱樹にちょっとした後悔の表情が浮かぶ。
「黙ってるけど、今のは忘れませーん!」
意地の悪い笑みを浮かべる彼女に、壱樹は鼻を鳴らしただけだった。
陽慈璃は円刀とともに、風刀の柄を十個ほどテーブルに置いた。
それぞれが受け取ったとき、仙久戯が苛立ったように、何度かうなづいていた。
「あ、来る?」
久宮はのん気な口調で尋ねる。
「どうやってだよ。空中なんて、飛べるわけないだろう?」
「そうだねぇ、じゃあまぁ、ついてきてよ。てかさあ、アレ、死ぬの?」
素朴な疑問を口にする。
「ベルナみたいなものだ。あれも、木偶だよ。多分どうにかなる。ロープもまた、移動可能にしておくよ」
陽慈璃は最後に無責任な言葉を付け加えた。
「あー、なら何とかなんじゃね?」
もっと適当な男が飴を舐めていた。
「んー、あー、そう」
曖昧に、久宮は返事をする。
鎖が伸びて、一体に巨人の背中に突き刺さった。
もう一方の端はワイヤーに結びつけられている。
ガクリと、バランスを崩した巨人は、向きを変えて、鎖を片手で握る。
だが、すぐに何本もの鎖が絡まり、拘束して自由を奪う。
首元に括りつけられた円刀があるため、引っ張ると切断してしまう可能性があった。
その肩の上に、突然、久宮と壱樹が現れた。
久宮は別な巨人に鎖を次々に飛ばす。
ロープウェイのワイヤ―程ではないが、十分、複雑な網のように張り巡らせる。
駆けて来た仙久戯は鎖の上に乗った。
すぐでに壱樹がは中心辺りにいる巨人近くまで走っている。
振られる腕を跳ねて、その上に上ると、首元まで来て、風刀の刃を両端から出現させて、回転するように、首筋と肩の付け根を斬る。
同時に現れた仙久戯が身体に残った首の一部を一刀のもとに切断する。
拘束されて、動きが取れなくなった巨人たちは、もがくように天上に腕を伸ばして、悲鳴のような呻きを上げた。
何かおかしい。
巨人達は、三人の襲撃者を見ていないのだ。
ただ、天をあおいでいる。
号泣しているかのようにも聴こえた。
堕天使だったかもしれないが、皆、陽慈璃によって木偶にされているのだ。
もしかしたら、五星を狙っているのではなく、魂のパッケージを求めているのかもしれない。
「なんだ、コレ……」
壱樹も仙久戯も、次の一体を斬り刻んだときには、無意識で涙を流していた。
木偶が魂を希求する木偶を破壊している。
壱樹は急に虚しくなった。
風刀をもって、ワイヤーの網の上に降り立つ。
仙久戯と久宮もいつの間にか、近くに寄ってきていた。
巨人はまだ、むせび泣くかのように呻いている。
「……やめよう」
壱樹はぼそりと言った。
「ああ、そうだな」
非情で冷徹な仙久戯でも、同意した。
久宮が、鎖を途中で切断して、全ての巨人を解放した。
彼らは、ただひたすら、ゆっくりと空に昇って行った。
その姿に変化が現れた。
人の形をしていた巨人たちは、身体が膨張して、四肢が吞み込まれて、だんだんと球体を造り始めた。
五星に対応するかのように、九つの星のようになり、輪を一つ作りだした。
何が起こったかよくわからなかったが、壱樹達は、相手が物理的に手の届かないところまでいってしまったため、ただ眺めるしかできなかった。
ゴンドラに戻ると、陽慈璃が満足げに紅茶を飲んでいた。
「ただいまー」
陽気に久宮が声をかける。
「ああ、ご苦労さん」
「あれで良かったのか? 堕天使もどきたちは、どうなった?」
壱樹は疑問を口にした。
陽慈璃は一つ息をついて、表情を改めた。
「ゲートって言えばわかるかな?」
「ゲート?」
「そう。五星への介入を、彼らが管理して司天の自由にできなくした。ということさ」
「なんだそれ? 誰の特になるんだ?」
「堕天使達、そして司天も彼らの管理下に置いたことになるね」
「……陽慈璃、おまえがか?」
壱樹は、複雑な表情を作った。
怒っていいのか、笑えばいいのかよくわからない。
ただ、確実なのは、陽慈璃本人にとって最も都合の良い状態が出来上がったということだ。
「そんな顔しないでよ。初めから考えてたわけじゃない。一番、収まりのいい結果に持って行っただけなんだから」
「どうやら、始末すべきはコイツのようだな」
仙久戯が鞘に納めていた刀の柄に手を添える。
「無駄だよ、止めておきな。陽慈璃には勝てないよ」
「本物の堕天使だから、か?」
壱樹はうなづいた。
当の陽慈璃は涼し気にしている。
「とりあえず、登賀になにをしたのか、知りたいね」
壱樹は、疲労感を隠しもしないで、椅子にどっかりと座った。
久宮は冷蔵庫を漁っている。
「登賀の身体に那緒の魂を入れんだ。もちろん、どうなるかという実験的な好奇心があったのは認めるよ。ただ、司天としての彼の無力化しようと思ってたんだけどね。そしたらどうなったとおもう? まぁ、本人から聞いてみなよ」
陽慈璃はそう言うと自分のゴンドラに乗って炭燈楼に帰っていった。
仙久戯を適当なところで降ろすと、壱樹たちはロープウェイをどこにともなく進ませていた。
テーブルに付く気にもなれない三人は、明るい内部の思い思いの場所で影を造り、しゃがんでいた。
壱樹はダウナーの飴を舐めて、自分を落ち着かせている。
彼は、誰かが何かをするまで待っていた。
小一時間ばかり、一人も言葉を発しない。
時折、飲み物を取りったり、トイレに行くだけだ。
「……なぁ、登賀だか那緒とかよ?」
ようやく、壱樹が口を開いた。
少女は両脚を抱えて座ったまま反応はなかったが、聞いてはいたようだ。
「おまえ、ベルナが父親だとかなんとか言ってたけど、あれはどういう意味だ?」
「……お父さんは、ずっと空ばかり見ていた……」
俯いたまま、那緒が喋り出した。
空に魂があるのなら、地上の我々は何なんだろうと考えてばかりいた。
堕天使の網が無ければ、魂たちは地上に降りるか、天井で解放されていたかもしれない。
人工都市、露夢衣とは何か?
人の意思をここに閉じ込めているのは何故か?
出ない答えから、次第に堕天使への憎しみに変わった。
ソラ・コミュニティで、堕天使から魂の支配権を奪おうという発想に到達した。
最後は己がベルナという木偶になって、空に向かおうとした。
「結局、失敗したんじゃないのか?」
壱樹は、嫌味でも皮肉でもなく口をはさんだ。
那緒は顔をあげた。
彼を見つめる顔には、穏やかな笑みを浮かべていた。
「そんなことないよ?」
ゴンドラが、駅の一つに停まり、ドアが開いた。
那緒は立ち上がって、ホームにでた。
閉まり際に彼女は一言、ありがとう魂をくれて、と言った。