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第6話

 身体が動かない。

 だが、ぼやけた意識があるだけだった。

「本当に殺ったのか?」

「言ったじゃない? 約束は守るよ」

「まぁ、記事にも出てた。死体を確認する」

「その前に、お返しは?」

「ああ、ちゃんと最木を呼んでいる」

「証拠がないよ? 今ここで通信機にだしてよ」

「わかった」

 しばらく沈黙が続いた。

 思考がようやく戻ってくる。

 身体も重いが、動くらしい。

 壱樹は何とか手を床につけて上半身を起こした。

 埃と散りだらけの薄暗い廃墟の中だった。 

 倒れた男を見下ろして、チョーカーに広い袖のパーカー、プリーツスカートという少女が立っていた。

 久宮だ。

「ああ、起きたー? 最木さんが来るよ?」

 振り向いた彼女は明るく報告してきた。

 さっきまでの男の声に覚えがある。

 幾都だ。 

「おい、そいつ倒れてるぞ?」

 ようやく立ち上がると、首を回しながら自分の恰好を確認する。

 ロングジャケットと、サルエルパンツといういつもの恰好で、ヒップバックも中身も異常はない。

 飴を取り出してパッケージを剥きながら、久宮に近寄る。

「あー、まぁねぇ」

 久宮は苦笑いした。

「幾都と約束してたのか?」

「んーと、話を持ちかけて来られたから、反撃するしかなかったんだよねぇ」

 言いにくそうに、答える。

 壱樹は飴を口に入れて棒を咥え、ピコピコ上下に動かす。

「どこから持ちかけられたんだ?」

 詰問調でもなく、いたって平静な声だ。

 飴のおかげで一気に身体が軽くなった。

 幾都の傍にしゃがんで仰向けに倒れた彼を覗き込む。

 眼球が片方潰れて、ぽっかりと穴が開いていた。

 死んでいる。

 確かめただけで、壱樹はすぐに立ち上がり、息を吐いた。

 久宮は答えないまま、雲った窓に目をやっている。

「まぁいい。で、ここはどこだよ、久宮?」

「……南西部にある廃墟だよ。今、南西部はベルナ・コミュニティって言うらしい」

 ベルナは、典馬が使う木偶の名前だ。

 エンジン音が遠くから大量に近づいてくるのがわかる。

 露夢衣で道路を使うのは、上流市民か支配的なコミュニティに属している者が主だ。

 ここでも同じなのだろうか?

 エンジン音は廃墟の近くに集まって止まった。

 壱樹は窓まで近づいて、外を覗く。

 高さは三階ぐらいからか。

 汚れでよく見えなかったが、四輪が何台も眼下に停まり、人の姿が駆け込んでくるのがわかる。

「あー、何事だってんだよ」

 面倒くさそうに、呟く。

 派手な足音が幾つも響いてきて、半壊したドアの前までくる。

 サブマシンガンを手にした男を五名程を引きつれている代わりか、現れた女性は手ぶらだった。、セミロングの髪で茶色い革の上着を着てスキニーに軍靴を履いていた。

「最木さん」   

 壱樹は相手を見ると、思わず声をだした。懐かしさと不審感を混ぜて。

 彼女は壱樹を見つめると、鼻を鳴らした。

「アナタはどうして生きてるの?」

「……どういうことだ?」

「死んだはずなんだよ、壱樹は」

 そう言って、最木は文字と画像を壱樹の前に流してきた。

 そこに映っていたのは、陽慈璃のラボで見た死体と同じものだった。

「……俺が死んだ? コイツが、俺?」

 混乱する。

 何かのカバーの話か?

 それにしては、後ろの武装した人々と(壁の向う側にはさらにひそんでいるようだ)本人の不愛想ぶりから、単純に壱樹自身が死んだはずだという認識らしい。

「残念ながら、生きてるんだよね、壱樹は」

 久宮が涼しい顔で答えた。

「久宮、あんたには壱樹を管理しろって言って置いたはずよ?」

 冷たい刃のような言葉だ。

「もう、知らないよ、そんなの」

「どういうこと? 幾都も死んでるようだし。裏切ったというわけね」

「十分、堕天使の情報は得られたでしょ。仙久戯も彼らのところに合流したから十分んじゃないの?」

 終始置いてきぼりの壱樹は、軽く苛立ちを覚えたが、飴が自制させている。

「仙久戯はどこかに消えたわよ」

「消えた、のね」

 久宮が珍しくバカにするような失笑をする。

 パーカーの袖から鎖が束になってジャラリと床に落ち、垂れ下がった。

「それ、単に裏切られただけだよ? それに堕天使ならもうすぐここに来るだろうし」

 久宮の言葉に、最木は舌打ちする。

「それに対抗するために、情報を得ようとしてたのよ!!」

 怒りに沸いた最木が大声で怒鳴る。

 手を伸ばして、久宮を指でさす。

「撃て!」

 久宮と壱樹は同時に跳んだ。

 サブマシンガンの銃声が響き渡り、辺りに薬莢が散らばる。

 壱樹は風刀の柄を両手に握り、部屋の壁を破って駆けだした。

 追った久宮は穴の裏側に立って、右腕の袖から垂れた鎖が十本、踊るように男たちに撃ちだされた。

 部屋中に火花が瞬く。

 鎖は銃弾をはじいて、男たちの胸や腹を貫通する。

 廊下に出た壱樹は、まだ待機していた男たちの中に踊り込み、風刀を両サイドから吹き出させて腕を振るう。

 突然現れた壱樹に驚いた彼らは、一瞬にして身体が細切れにされる。

 最木の周りの男たちは、久宮の鎖で貫かれて縛られ、次々と倒れていく。

 壱樹はドアを挟んだ向うの男たちに、風刀の刃を投げつけ、部屋に戻ってきた。

「久宮、最木を殺すな!」

 叫びは、最木の首と額に伸びた鎖を寸前で止めた。

 彼女は驚きで完全に動けなくなっており、簡単に鎖で身体の自由を奪うことが出来た。

 壱樹は、久宮に目をやると、風刀で窓を砕いた。

 彼の腰に鎖が巻きつく。

 次に久宮が部屋に楔のように一本、左うでから天井に突き刺すと、二人同時に窓から飛び降りた。

 引きずられて最木も、窓の外に飛び出した。

 落下速度がゆっくりだったため、壱樹は腹部に体重が掛かったが、不思議と痛みはなかった。

 彼は地上に降り立つと、迷わず目についた四輪に乗り込んだ。

 エンジンをかけた時、久宮が最木を引っ張って後部座席に入ってきた。

 アクセルを踏み込み、四輪を発進させた。

「久宮、案内してくれ」

「おーいぇい!!」

 テンション高い声が返ってきた。




 ベルナ・コミュニティは、ところどころの穴から覗けるようになっているだけで、空すら塞いでいた。

 その代わり、どこにでも見られる電飾看板や街灯、空中文字が路地から大通りまでを照らし出して、薄暗さと眩い明るさのコントラストを造っている。

 久宮の指示で到着したのは、一見、廃棄されたビルのようだった。

 中に入ってみると、ロープウェイの駅だということに気づく。

 真新しいままほとんど使われていない、無人駅だ。

 改札口を通り抜けて、ホームまで上がると、いきなり露夢衣の夜景が足元に浮かび上がってきていた。頭の上には星々が瞬いている。

 ほとんどない夜風が涼しい。

 少年と少女に引っ張られて、最木はよろよろとコンクリートの上に膝をついた。

 壱樹は彼女の傍にしゃがみ込む。

「さてと。お世話になった間柄とはいえ、ちょっと色々吐いてもらわないと困るなぁ」

 久宮が待ってといって、ホームに止まっている一つのゴンドラを軽く指さした。

「あの中で話そ」

 鎖は最木から解かれて、消耗した彼女を久宮が腕を取って中に入れる。

 ゴンドラ内部は、丸いテーブルが真ん中にあり、酒瓶の並んだ棚に冷蔵庫とクーラーが置かれた、落ち着いた内装をしていた。

 通常のモノとはまるで違う。

 最木をテーブルの椅子に座らせると、久宮は手慣れた様子でウィスキーのロックを造り、テーブルに置いた。そして、壱樹用に疑似ビールを冷蔵後からだして、自分にはオレンジジュースを持って来た。

 何も言わず、最木はウィスキーを一口、喉を鳴らして飲み込んだ。

 グラスを置き、正面にいる壱樹を睨む。

「吐くも何も、壱樹。どうして我々を裏切った?」

「裏切る?」

 突然の話に、壱樹は眉を少ししかめる。

「芽倉市を破壊し、ここベルナ・コミュニティのようなものを造る。挙句に、自分の本体を消してしまった。久宮を守ってくれているのは良い。だが、このざまはなんだ?」

「まてよ、話の意味が全く分からない」

 壱樹の頭に鈍痛が起こった。

 急に、陽慈璃の所で見せられた少年の映像が浮かんでくる。           

異様な既視感と、嫌悪感。

「その話は全て、典馬じゃないか?」

「どう違う?」

 壱樹は絶句した。

 一体、最木は何の話をしている?

「どう、違うとは……?」

 最木は、ウィスキーのグラスを握ったまま、上目づかいに睨んできた。

「おまえは、典馬の木偶だろう。隠しても無駄だ。大体、壱樹本人はもう死んでるじゃないか」

 典馬の木偶、だと?

 死んでいる?

「最初は違ったし、ずっと壱樹は壱樹としての意識で行動してたよ」

 久宮が冷静で静かな声を出した。

 思わず彼女を見るが、表情はいたって真面目だ。

「典馬は壱樹の魂を奪った。生まれた時にね。それは堕天使がしたこと。気づいた典馬は、魂を殺した。だから、典馬と壱樹は一時期は同じ人物としてバラバラに行動していたけど、今は二人とも別な存在として、ここにいるんだよ」

「……おまえは見てきたのか、久宮?」

 少女はうなづいた。

「典馬は肉体を捨てたんだ。壱樹の魂を殺すことで。壱樹はずっと木偶だったけど、典馬とは関係ないよ」

「バタフライ・シーカーは?」

「犯人は典馬だよ」

 最木と久宮の会話に、壱樹は眩暈がしてきた。

 急いで今舐めている飴を吐き出して、アッパーのものををバッグから取り出す。

 口に入れるまで、無意識に舌打ちをしていた。

 飴のおかげで、身体が急に軽くなる。

 頭も回る。

「……典馬が、統治委員関連の人物も殺してきたということか」

 やっと言うと、久宮はうなづいた。

「あたしは司天の一人として、今言ったことにウソも推測もないよ」

「どうして、典馬は俺の魂を殺した? 堕天使から授かった、唯一人間としての物じゃないか。あいつは人間として、露夢衣を破壊したいわけじゃないのか?」

 壱樹はもう落ち着いていた。氷のように醒めて自分を見ることができる。

「それもあるけど、堕天使達の支配からも脱するためだと思う。だって、現に堕天使たちは動いてるんだもの」

「そう、堕天使が来るんだ。このベルナ・コミュニティを口実に、奴らが露夢衣に直接干渉してくる」

 苦々しそうに、最木は言った。

「どっちもクソってわけか」

 壱樹に、二人ともがうなづいた。

「あと、あたしたちにはやらなきゃならないことがあるの。登賀を改めて殺さなきゃいけない」

「登賀? あの娘になった木偶をか?」

 久宮はうなづく。

 少女は背後を一度振り返って窓の外を見た。

 釣られて、二人も同じところに視線をやる。

 薄ぼんやりした夜空に、煌々と照らされた光の塊が宙に浮かんでいた。

「あれは?」

 壱樹は聞きつつ、疑似ビールに口をつける。

「ロープウェイは全て堕天使の支配下にあるの」

 久宮が短く説明した。

 大量のゴンドラが、ベルナ・コミュニティに向かって近づいてくる。

「奴らか!?」

 最木は苦々しい声を出す。

「うん。来たよ。堕天使達が」




 外壁と言うべきか外殻というべきか。凸凹な表面で外に立ち、夜風に吹かれている登賀は明かりの塊を認めた。

「来たよ、典馬……」

 足元が、返事をするようにかすかに振動する。

 これは、ベルナそのものだ。

 あの木偶はさらに巨大化し、都市の一部を内包するほどになっていた。

 かたまっていた明かりがゆっくりと別れて行く。

 まるで翼を広げるように。ベルナを包み込むかのように。

 外殻の振動が大きくなり、各所から大砲の銃身が伸びた。

 爆音が響き、一斉に射撃が始まった。

 光の一つ一つの傍で爆発が起こったが空気を切って、ゴンドラ群からも弾丸が飛来した。

 ベルナの外殻の各所に無弾頭弾と思われるものが鈍い響きとともに撃ち込まれる。

 貫通せず外殻に埋まった形の砲弾の周りが、変色して瓦礫のように崩れていった。

「……神経弾ね」

 登賀はさもあらんといった風だ。

 弾丸が数十発さらに撃ち込まれて来る。

 その間、ベルナの砲撃も止まらない。

「無理だわ。ベルナ。射撃戦は不利よ」

 外殻が同意するように震える。

 足元がゆっくりと盛り上がってくる。

「うん。直接やった方がいい」

 全体から見て、小さな穴がポツリポツリと空いた姿になったベルナは、突然、野太い触手のような腕を伸ばした。

 太さは登賀那緒の慎重よりもある。

 ゴンドラ群に向かって幾本もの塊は、神経弾の集中砲火を浴びた。

 登賀の小さな姿が、中にあった。

 崩れてゆく触手はそのまま落下するが、また新たな腕がベルナの外殻から生えて、ゴンドラに向かう。

 登賀は一つ一つに乗り換えながら、ゴンドラに近づいていった。

 ただし、ワイヤーに触れないように気を付ける。

 鋼鉄の縄は堕天使の意思が入っており、下手に接触すると身体ごと乗っ取られるか一瞬で破壊されかねないのだ。

 木偶でできているとはいえ、那緒の身体の動きは軽快だ。

 フリルの付いたロングスカートをなびかせて、触手のような腕の上を駆けて行く。

 近づくにつれ、ゴンドラの形にも変化があった。

 表面が泡立ちながら、ゆっくりと膨張してゆく。

 登賀は構わずに巨大なショットガンを出現させて、目の前に迫ったゴンドラに狙いをつける。

 明かりの照る中に人影があった。

 仙久戯だ。

 目が合う。

 彼の表情には何の感情も浮かんではいなかったが、登賀はニヤリとした。

 彼はわかっているはずだ。

 自分には手を出すわけには行かないと。




 駅に停まったままのゴンドラに近づいてくる一台があった。

 丁度、壱樹が進ませようかと決断する寸前に。

 真っ赤に塗ったゴンドラは、彼らのモノと平行に並ぶと停止して、両側にあるドアの接した片方が互いに空いた。

 そこには小柄な少女が立っていた。

 相変わらず、文字の檻とはまでいかないものの、相当な情報を身の回りに浮かべながら。

「陽慈璃?」

 壱樹は思わず声を出していた。

「久々に外に出てみたけども、相変わらず騒がしいね。あたしにはやっぱり向いていないね」

 あまり機嫌が良さそうではない様子である。

 彼女は三人が乗るゴンドラに入ってくると、中を見渡した。

「君たちは相変わらずみたいだね」

「何事だよ、陽慈璃が炭燈楼からでてくるなんて」

 壱樹はさすがに驚いていた。

「好き来たわけじゃないよ。あたしはあの中に居るのが大好きなんだ」

「知ってる」

 陽慈璃は、ゴンドラの群れがつくる光に顎をやった。

 いかにも仕方がない解いた風な表情を造る。

「堕天使達か」

「あれは仙久戯だね」

「へぇ、仙久戯だったかあ」

 壱樹は他人事のように鼻を鳴らした。

「そんなことより、登賀だね」

 丁度、最木が話題にだしたところである。

「陽慈璃も登賀を殺せと?」

「も? 何か知らないけども、登賀のソラ・コミュニティが厄介なのは確かなんだよ。堕天使たちの領域を犯したからね。おかげで、仙久戯の挑発に乗ってしまった」

「あれらに堕天使が乗ってるのか?」

「いや、ちょっと力を貸しただけだよ。ただね、登賀ごと殺されるのは困る」

「どうしてだ?」

 聞いたのは、最木だった。

「登賀が那緒ごと殺されると、司天と堕天使の全面戦争になるんだ。登賀は自分の娘を人質に取っているからね」

「元はと言ったら、誰のせいだよ?」

 責めるというより、茶化すように壱樹が言う。

 舐めている飴の棒をクルリと回す。

「あれだろう、仙久戯けしかけたの陽慈璃だろう? で、俺らのところに来たんだろう」

 ニヤニヤしながら見つめる。

 陽慈璃は苦笑した。

「隠すだけ無駄なようなね。その通りだよ」

「何させる気だよ?」

「ソラ・コミュニティは五星を支配してるんだけどね。その上の魂のパッケージは、堕天使の支配地域なんだよ。まぁ、常識として。登賀と典馬は、五星を介して天の魂にまで手をだそうとしているのさ。で、堕天使に対して二人は登賀の娘、那緒を人質にしている形をとっている」

「那緒が人質になるのか?」

「堕天使としては、魂を保持することがプライドだからね」

「……それだけかな?」

「それだけだよ」

 陽慈璃はいたって涼しい顔で断言した。 

 最木は二人の会話を機嫌悪そうに黙って聞いていた。

「まぁ、俺は典馬をぶちのめせれば、それでいいんだけどね」

「それだけかなぁ?」

「もちろん、それだけ」

 ニヤリとすると、陽慈璃も笑んだ。

「壱樹、これを」

 彼女は身体と同じ大きさで円の形をした武器を出現させた。

 うなずいた壱樹は、久宮にそれを持たせた。

「ロープを開放しておいたよ」

「よし、じゃあちょっと行ってくるかあ」

 壱樹は疑似ビールを飲み干して、首の骨を鳴らした。










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