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第2話

 インターフォンがうるさい。

 頭を掻きながら体を起こした壱樹は、ソファで寝ていたことに気づいた。

 頭痛がして、凄まじく喉が渇いている。

 テーブルには、大量のカラになった疑似アルコール缶。

 床に電子タバコが落ちており、とりあえず取り上げて、咥える。

 いつまでもインターフォンが鳴っているの。

 リモコンで、鍵を開けてやる。

「どちらさん?」

 テーブルの上には、拳銃も乗っている。

 それが無くても、こういう場面には無頓着な部分がないとも言えない。

「ああ、やっとだぁ。よーーーーーーーすっ!」

 スーツケースを二つと巨大なリュックを背負った小柄な少女が、当然のように居間に入ってくる。

 突然の事に、壱樹は逆に冷静に俯瞰した状態で、少女を見つめながら電子タバコの煙を吐いた。

 あの、ロープウェイの駅で出会った少女に間違いないのだ。

 荷物を置いた少女は、やれやれ疲れたと小さく呟いた。

「……で、どこの誰が何の用だよ?」

 最低限の問いで、疑問の半分を詰めた。

 振り返った少女は満面の笑みを浮かべて、壱樹のソファと反対側のテーブルを前にして座った。

「久しぶり。あたしは久宮というの。ロープウェイ以来ね」

 壱樹は返事をせずに、疑似アルコールの残っている缶はないかと、一本一本掴んで振っていた。

 やっと見つけた一本は、素早く久宮が奪い取って、目の前で一気に飲み干す。

「うっまーーーー!」

「てめぇ……」

 睨みつけてくる壱樹に、不思議そうな顔を向けてくる。

 無駄か。

 すぐに面倒くさくなる壱樹は、細かいことで怒るのをやめた。

「まぁ、のんびりしながら、説明してもらおうか」

「うんうん。それがいい。どうせ、このビルに住むんだから」

 決定事項らしい。

「あー、じゃあいいから、早くして話を聞かせろよ」

「疲れたから、荷物整理は後でいいよー」

 ふーっと、久宮は息を吐く。

 そして、思い出したように、 ヒップバックから封筒を取り出した。

 受け取ると、中を確かめる。

 カードが一枚中にあり、壱樹は訝しんだ。

 市民登録用カードだ。

 DNAを付着させれば、露夢衣に市民と認識される。

 壱樹は、登録市民ではなかった。

 露夢衣には、大量にいるだろう。主に貧困層や反体制組織の者たちだ。

「最木(もぎ)さんからだよ。渡せって」

 アマテウ・コミュニティのリーダーだ。

「それだけ?」

「それだけ」

 今更、市民権など何のつもりだろうか。

 仕事上、枷になることは決まり切っているのに。

「で、おまえは何者なんだ? どうしてここに来た?」

「最木さんの紹介だよ。頼みごとがあふの」

「あー、住む以上になにかあるのかよ」

 少し、機嫌が悪くなる。

「ちょとあたーしーおね……たひけ……て」

 完全に呂律が回らない口調になったかと思うと久宮はそのまま派手な音を立てて後ろに倒れた。

 露夢衣はいきなりのことに呆れて、しばらく見つめていたが、のんびりとテーブルをまわtって、彼女を覗き込む。

 真っ赤な顔をして、ふやけた表情を浮かべていた。

 ダメだ、これは。

 完全に、疑似アルコールで酔ったようだ。

 壱樹は寝室から毛布をもってくると、彼女の身体の上にかけた。

 一階の事務所に降りて、椅子に座ると、机の引き出しから飴のを取り出す。

 パッケージを剥き、口に咥えて棒をひと回しする。

 自分が自分でないような。不思議な陶酔がやってくる。

 やけに鋭敏な指の動きをさせると、動き空中ディスプレイを起動させる。

 アマテウ・コミュニティに連絡をいれた。

 すぐに切断される。

 ふざけるな。

 内心、ムッとしたが、見るとコミュニティから未読メールが来ている。

 『当面の仕事は、久宮を守ることと、バタフライ・シーカーを始末すること。コミュニティには接触しないことの三点。費用は口座に振り込んでおく。他に用があれば、こちらから連絡する。以上』

 ふざけるな。

 一方的すぎる。市民権の話は説明なしだ。

 壱樹は椅子の背もたれに体重をかけた。

 当面、バタフライ・シーカーに掛かるしかないらしい。

 多分だが、久宮を守れと言われようが、即何事か起こるとは思えなかった。

 ならば、ここを選びはしないだろう。

 壱樹の住む地区は、貧困層の異常な祇術により、露夢衣中枢からの接触されないよう、認識できないフィールドを張っているのだ。

 ……どこに帰ろう……

 いきなり、ふと頭に異質な考えがよぎる。

 異質である。必要ないものだから。

 飴がまだ調子よく効いていないようだ。

 思わず頭上を見上げると、シーリング・ファンがゆっくりと回っていた。

 ロープウェイでの久宮の表情が思い浮かんだ。

 あの、凄惨で寂しげな笑みだ。

 突然の再会だったが、今夜はあの時の雰囲気を微塵も感じない印象だった。

 心の奥底まではわからないが。




 翌朝、壱樹は居間でとともに、バタフライ・シーカーの事件とともに、登賀委員のニュースを調べていた。

 バタフライ・シーカーの犯行は、相変わらず共通項が見つからない。

 ただ、被害者に目を引く者がいた。

 ホーロ・コミュニティの前指導者である伊都(いと)という中年男性だ。

 このコミュニティは、反政組織の連絡役としての役目も持っっている。

 彼らを介して来た仕事が、登賀委員の殺害だった。

 何故、登賀委員を?

 ニュースでは、委員の本体だった木偶が逃げたとはいえ、登賀本人の殺害が発表されている。

 目下、登賀の情報よりも、バタフライ・シーカーの犯行説の方に報道が偏っている。

 笑える。

 確かに、バタフライ・シーカーらしい事件は大量にあり、確定されたモノはそのなかでは曖昧だ。

 文字列の中に、いきなり久宮のドアップの顔が現れた。

『あったまいったーーーー!!』

 驚いて、壱樹の指は止まって、身体を軽くのけぞらせた。

 テーブルの向こうで、ケラケラ笑う声がする。

 少女は手をついて身体を起こし、苦い顔で頭を掻いた。

「ビックリしてるの、笑うわー」 

 ヘラヘラとして、壱樹に向き直った。

「……どうやった? これ普通簡単に侵入できるものじゃないぞ?」

「芸をみせました。凄い? ねぇ、凄いでしょ?」

「あ、ああ」

 壱樹は飴の棒の先を回転させた。

「とりあえず、部屋はどこでいいの?」

 寝起きから、久宮の意識ははっきりとしていた。

「三階を使っていい。二階は俺の家、一階は事務所だ」

「おっけー」

 彼女は立ち上がって、リュックとアタッシュケースをもって、ドアを開けようとした。

「ああ、話があるから、早くしてこいよ」

「うぃーす」

 壱樹は冷蔵庫から新しい疑似ビール缶を取り出してきた。

 ディスプレイに緊急のニュースが入っているのに気が付いた。

 のんびりと、ロックを流しながら缶をあおっていると、久宮が戻ってきた。

「早いな」

「汚すぎて、掃除とかはあとにしたよ。荷物だけおいて、寝床の確保してきた。

 言って、テーブルの壱樹を向か側にしたところに座る。

 とりあえず、ニュースを開いて見てみる。

 『芽倉市で大規模テロ発生。地下水道に大量の爆弾か? 死傷者は八百人以上に上る』

 芽倉市といえば露夢伊中央部と南西部を繋ぐ重要な地点だ。

 案の定、南西部にある、五区は中央からの情報が遮断されて、無法地帯になることが懸念されている。

「で、どうして俺のところに? アマテウの最木が選んだ理由は?」

 大規模テロなど壱樹には関係ないので、話を久宮に集中しようとした。

「今見てる事件に関係あるの」

「え?」

 『当局は犯行を久宮という市民権を得ていない十六歳の少女と断定し、操作を勧めています』

「おい、なんだこれ? おまえがやったのか?」

 久宮は首を振った。

「一緒にいただけだよ、典馬って奴と。そいつに嵌められたんだ。ついでにあたしも始末しようとしてる。良いんだけど、何となく最木さんのところにいったら、君に助けてもらえって」

「……へぇ。で、典馬って?」

 壱樹は、飴の棒をまわす。

「あー、同じコミュニティに居た、元仲間」

「言いづらくても、言ってくれなきゃわからないんだけど」

 久宮は、迷ったようにした後に、顔を上げた。

「フフカ・コミュニティというところがあって、反体制組織の一つなんだけど、典馬って急に現れていきなりコミュニティの副リーダーぐらいまでなったの。あいつ、やることが過激で、露夢衣を破壊するのが目的だって言ってた」

「別に、命狙われてるような印象はないけども。それに、参加はしてないが、俺も露夢衣なんて知ったことじゃないし」

「リーダーって、あたしだったんだよ」

「……なるほど、それは、ね」

「芽倉市の時、ついでに始末されそうになったし」

「おまえのところのコミュニティに、典馬って奴の情報は残ってるの?」

 久宮は首を振った。

「だろうなぁ」

「そして、フフカ・コミュニティのあたし以外の全員が殺されてたよ」

「次はおまえ、というわけか」

「そうね」

「分かった。まぁ、典馬をどうこうするは、今すぐにはできないけどね」

「ありがとう」

 久宮は満面の笑みで感謝を伝えた。

 世の中を捨てたつもりだった壱樹は、思わす小さく笑った。

 意外と、気持ちの良いものだ。

 だが、すぐに自嘲した。




 どちらを優先すべきかと多少、迷った壱樹だったが、典馬のフフカ・コミュニティを先に調べることにした。

 先手必勝。

 久宮には言ってないが、彼は典馬を殺す気でいた。

 少女に、コミュニティの本拠を聞いたが、すでに引き払っているという。

 壱樹はいつものように、炭燈楼に向かった。

 久宮は無言でついてくる。

「うわ……なにここ、汚なっ!」

 はじめてくる彼女は、汚水や濁った空気、狭い空間に多少驚いたようだ。

 壱樹は無言で十二階に進んでいく。

 少女が、本当に反政府コミュニティに居たのかというぐらい、たまにバランスを崩すのでそのたびに、腕をのばして支えてやる。

 陽慈璃の部屋は、いつも通りに真っ白だった。

 ただ、違うのは、半ば壊れているかのように、外殻がはがれ、中から配線などが天井から吊るされた木偶が一体、壁際に置かれていることだった。

「おやおや、今日は女の子と一緒かい。良いねぇ良いねぇ」

 いやらしい笑みをむけてくる。

「この木偶は?」

 壱樹は無視してきいた。

 久宮は彼の後ろに立って、部屋を珍し気に眺めている。

「登賀委員の本体だ」

 にっこり微笑んで答える。

 いつの間に。

 頼んでおいて、陽慈璃の手際に、壱樹は驚いた。

 彼女は何か言おうとしたが、改めて彼の背後にいる少女を好奇心の目で見つめた。

「君、面白いね」

 ゆっくりと近づき、同じぐらいの背丈の相手を顔を見つめる。          

 久宮は気圧されたように、身体を反らした。

「君、司天だね?」

 にやりと陽慈璃は笑う。

 露夢衣上空に浮かぶ五つの星にアクセスする能力を持つ者を司天という。

 久宮は、黙ってうなづく。

 いきなり、彼女の核心をついた点を見透かした部分を引いても、人見知りするタイプのようだ。

「ねぇ、ちょっと身体と脳を解析させてくれないか? 司天にも興味があるんだよ、あたし」

「おい、マッド・サィエンティスト、それぐらいにしておけよ」

「どうしたんだい?」

 不思議そうな目を向けてくる。

「……それよりも、また調べてほしい奴がいる」

「面白い相手なら大歓迎だよ。最も君が一番面白いんだけどね」

 どう面白いのかまったく理解できなかった壱樹は、その部分を無視する。

「元フフカ・コミュニティの副リーダーだった典馬という奴だ。あいつは昨日だかに、芽倉市を壊滅させている」

 陽慈璃の目が心持ち大きくなる。     

「ほう、ほうほうほう。ニュースや当局では、そこの嬢ちゃんが犯人と目星を付けて動いているらしいけど?」

「久宮は典馬に嵌められたらしい」

「まあ、噂には聞いたことがある人物だ。情報のサルベージついでに話しておこう。まぁ、その前に……」

 陽慈璃は久宮の髪の毛を数本、いきなり抜いた。

 二人が驚くのはまだ早かった。

 髪の毛は、陽慈璃の手の中でくねるように蠢いてた。

「毛血蟲(もうけつちゆう)だよ。髪の毛に見えるけど、これが脳みそまで侵入すると、完全に意識は乗っ取られる。多分、その典馬にだろうね」

「……あいつ」

 久宮は苦々しく吐き捨てた。 

 二人から離れて文字列の牢に入った陽慈璃は、細く長い指を踊るように動かした。

 壱樹も機嫌が悪くなった久宮を連れてソファに座る。

 電子タバコを取り出しつつ、新しい飴を口にした。

「典馬という男は、一部では有名だ。フフカ・コミュニティに入る前は、統治委員麾下の街道(かいどう)因子(いんし)という私設警察隊にいた。実力は最もあったが、いつの間にかそこを抜けている。現れたと思ったら、コミュニティ作って、しかも街にテロかぁ」

 陽慈璃は語りつつ文字列を流しながら、通信を入れていた。

 相手の顔が空中に浮かび上がった。

「久しいね、幾都(いくと)」

 二十前後で、青い髪の毛を眼元まで伸ばし、白皙で耳にはこれでもかというぐらいなピアスが開けられている。

 青年は不機嫌そうに鼻を鳴らした。

『フン。何の用だよ、手短に頼むぜ? こっちゃ、おまえみたいのと連絡とってると思われたら、ロクな目にあわねぇからな』

 美形と言っては良いが、口が悪い。

「事件知ってるでしょう? 君のところの元隊員が、テロを起こしたって」

『もうあいつとウチは関係がないんでね。お角違いだ』

「世間がそんな単純に見てくれたなら簡単なんだろうけど?」

 文字列の中から、号外と書かれた部分を幾都の目の前に寄せる。

 そこには、典馬が過去に街道因子に所属していた点が書かれていた。

「スキャンダルだねぇ」

『交治(こうち)新聞か……あの三文記者共のところに流しただろう、おまえ?』

 幾都は鋭く、陽慈璃を睨みつける。

 新聞の文字列が、破裂するように四散した。

「あーあー、乱暴だなぁ、君は」

 陽慈璃はただ、苦笑するだけである。

『うるせぇ、何が乱暴なんだよ、この程度!』

「どっちにしろ、もう情報は流れちゃってるよ? 君たちは、典馬をもう関係ないとそのまま放置しておくきかな?」

『……覚えてろよ?』

「それから、そっちに人やるから、軽く面倒をみてやってくれ」

『あ?』

 疑問が挟まれる前に、陽慈璃は通信をきってブロックした。

「まぁ、これでいいでいいかな? あとは自分たちで何とかしてね」

 しれっとしたさまで、言う。

「あー、俺は望むところだけどなあ。久宮は典馬から逃げてきたんだぜ?」

「その辺は君たちで考えるんだね」

 突き放すような言い方だが、何故か冷たさは感じなかった。

「……あー、いいや。で、その木偶は?」

 煙を吐いて、壱樹が壁の機械人形を電子タバコの先でさす。

「うん、これは面白いよ」

 陽慈璃は子供のような明るさで、喋り出した。

「機能としては、人の五感を全て備えている。中枢、脳の部分も多分クローンだろうけども完全だ。神経系も人間そのもの。つまり、これは木偶の形をした、人間なんだよ」

「でも、登賀は死んだことになっているんだろう?」

「そうなんだ。この木偶は生きている。今、クスリで眠らせているけどね。そこで、統治委員会での登賀の役割を探ってみた。すると、彼はあるプロジェクトを推進しているコミュニティの一員だったんだ」

「へぇ……」

「コミュニティの名前はソラ・コミュニティ。天の五星はわかるだろう? あそこにアクセスして露夢衣の制御下に置こうという計画を行う所だよ。司天の機関は統治政府につらなっているけども、そこから派生した過激派といったところだね」

 そして、意味ありげに久宮に目をやる。

「どう思う、司天の久宮ちゃんは?」

「……無謀もいいところ。あそこは聖域だよ。手を出すなんて、とんでもない」

「だから、君は登賀を殺したのか」

 一瞬迷ったが、あきらめたように、久宮は頷いた。

「面白いねぇ。ただ、ソラ・コミュニティはまだ解散してない。どうするつもりだい?」

「それは、彼らの動き次第かな?」

「ふーん……」

 ニヤリと笑った陽慈璃は、口を閉じた。

 しばらく、沈黙が流れる。

 ソラ・コミュニティにはいかなければならないようである。

 久宮をちらりと見ると、微笑んで頷いてきた。

 壱樹は飴の周りに舌を一回りさせてから、立ち上がった。



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