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終ノ章

「走るぞ、雪葉ゆきは!」

きょうちゃん、待っててば!」

 京也きょうやから遅れること一メートル後ろを、雪葉が走っていた。

「このままだと遅れる!」

「京ちゃんが寝坊してるのがいけないんでしょ!?」

「起こしに来るのがいつもより遅かったように思うのは、俺の気のせいか?」

「気のせい!」

「ほう。ではさりげなく後ろで撥ねている寝グセはどう説明する?」

「うそ!?」

 雪葉は慌てて手を後ろに当てる。だが、寝グセはなかった。

「ないじゃんか! へへーんだ、今日は寝坊したおかげで朝ごはん抜いた変わりに、セットだけは――!」

 ハッとなって、雪葉は口をつぐんだ。だが、もう遅い。

「それ見ろ」

「めぐっちゃんの詐欺! ぺてん師! 結婚詐欺!」

 雪葉が抗議する。

「結婚詐欺ってなんだよ。おっ、なんとかなりそうだな」

 校門が京也の視界に飛び込んできた。歩いている生徒の数はまばらだが、それでも皆無というわけではない。

「セーフ!」

 校門を通過すると、京也は止まってひと息ついた。すぐに雪葉が追いついて来る。そして鞄で京也の背中を殴った。

「痛っ。なにするんだよ」

「さっきの詐欺のおかえし」

「……あのなぁ」

 言いかけた京也の視界の中に、少年の姿が入り込んできた。

「……君は」

時田ときた君?」

 雪葉が驚いたような声を上げた。声には慌てた調子があった。京也の方をちらちらと見ている。

 慎二しんじは雪葉の方をまっぐに見ていた。

「……あの、えっと、時田君。あたしね――」

「いいんです。もう分かってますから」

 慎二は京也へと視線を移す。その瞳は静かで、眼差しは柔らかかった。一瞬二人の視線が交差する。

「ごめんね」

 雪葉がそう言ったとき、予鈴が鳴り響いた。

「まずい!」

 京也が走りだした。雪葉もそれに続く。

「あ、こら、京ちゃん! 時田君も走って」

「は、はい」

 その場の勢いに押され慎二も走った。すぐに雪葉に追いつく。

「時田君、足速いね」

「僕、諦めたわけじゃありませんから」

 にっこり笑って、慎二は言った。

「え?」

 そして雪葉が言葉を続ける間を与えずに、差をどんどん広げてゆく。

 京也は自分の横に並ぶ影があることに気づき、顔を向けた。慎二がすぐ横を走っていた。

「今回は負けました。〝力〟も失った。でも、次は負けません」

 真剣な慎二の表情。京也は驚いたような顔をしたが、すぐに破顔した。

「いいだろ。殺し合い以外の勝負なら、いつでも受けるぞ」

「はい!」

 慎二が笑う。それは純粋で力強い笑顔だった。

「もうっ、二人とも待ってよ!」

 ますますスピード上げた二人を見て、雪葉は抗議の声を上げた。


        〈了〉


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