「
符が、真空の刃となって〈
〈焔華〉はそれを後ろに跳んで躱した。体を構成する炎がひときわ大きく燃え上がり、幾つもの炎の矢となって蒼一郎へと向かう。
「招!」
符を地面に叩きつける。同時に水の障壁が現れて、炎の矢をことごとく遮った。炎と水壁がぶつかり水蒸気が辺りに充満する。その水蒸気を割って蒼一郎が現れた。
腰だめに構えた剣を鋭い呼気と共に突き出す。剣の切っ先が三つ現れた。あまりの突きの速さに、一度に三つの突きが襲ってくるように見える。
〈焔華〉は初撃と二撃目を躱した。だが、三撃目を避けそこねる。剣の切っ先は〈焔華〉の腹部を浅く切り裂いた。
「これを躱すとはやるやないか、姉ェちゃん。招!」
蒼一郎は符を挟んだ指先を〈焔華〉に向かって突き付けた。符が変化する寸前、火球が蒼一郎の眼前に生み出される。
火球は一瞬で膨らみ、蒼一郎の腕を飲込み、ついには全身を包み込んだ。火球の中に蒼一郎の姿が、黒い影となって見える。
〈焔華〉は勝利を確信して笑った。数千度にわたる炎の洗礼を受ければいかな護法師といえどもひとたまりもない。やつらは所詮、人間なのだから。
突如、火球がはじけた。
「!」
驚く〈焔華〉の前に、蒼一郎が立っていた。
服はボロボロだった。破れ、焦げ、白かったスーツは無残な姿をさらしている。だが、蒼一郎の肌に炎になぶられた跡は見受けられなかった。髪の毛が多少焦げているようだが、それ以外は無傷といってもよかった。
「この服はワイのお気に入りやったんや。こないだのと合わせて、高ォつくで」
「くっ!」
〈焔華〉は間合いをとるために後ろに跳んだ。その距離五メートル。そして両手を広げ、眼前に炎の波を生み出した。炎流が蒼一郎めがけ津波となって襲って来る。横幅も高さもあった。閉鎖されたこの空間では避けることはかなわない。
「げっ! 避けようがあらへんがな。さすがに二度くらうとキツイで」
そう言いながらも蒼一郎は不敵な笑いを浮かべた。目の高さに剣を横にして上げて、柄に近い刀身に左の人さし指と中指を置く。そして、鞘から抜くような感じで指と剣を滑らせた。
刃が青白い燐光を纏った。
剣を背負うような形で背中に回す。左足をやや踏みだし腰を落とした。左手には剣印を結んで手のひらを前に向けて突きだす。指先に光が灯った。
「照準、完了や!」
蒼一郎は左手を腰に引くと同時に、右足を前に滑らせた。そのまま右半身になり一挙動で剣を振りおろす。
燐光が剣の軌跡を生み出す。軌跡は光の刃となって、迫り来る火流へと飛んでいった。
火流が裂けた。
海が割れたという聖書の一節をなぞるかのように、火流は左右に別れてゆく。
「なんだと!?」
光の刃は火流を割り〈焔華〉の右腕を肩から吹き飛ばした。
蒼一郎が疾る。電光の速さで。床すれすれを這う切っ先を従えて〈焔華〉との間合いを一気に詰める。
「これで、終いや!」
銀光一閃――!
右斜め上へと斬り上げた刃は〈焔華〉の上下の半身を、永遠に別けた。
「!!!!」
悲鳴すら上げるまもなく〈焔華〉は火の粉に分解されて四散する。
斬り上げたままの姿勢でいた蒼一郎が、ふいに膝をついた。
「熱いのは苦手やな」
苦笑して呟く。
剣が、蒼一郎の手からひとりでに離れた。空中に浮くと、一瞬の閃光が剣を包む。それが消えると裸身をさらした鈴音が立っていた。
白い深雪のような肌。メリハリの効いたボディラインは見るものを圧倒する。
「蒼一郎」
鈴音は蒼一郎に駆け寄った。蒼一郎は平気なふうを装って立ち上がる。
「ワイは大丈夫や。それより――」
符を二枚取り出し、指に挟んでひと振りする。すると符は、薄いブルーでロング丈のワンピースとの白のカーディガンへと変わった。
「これでも着ィや。こない素晴らしいモン、他の奴に見せるわけにはいかへんからな」
蒼一郎は悪戯っぽく笑う。
「蒼一郎!」
顔を真っ赤にして鈴音が抗議する。服を引ったくるように受け取けとって、暗闇へと身を隠した。
「なあ、
「はい」
「この件が片ついたら〈
「……はい」
嬉しそうな鈴音の声。服を身につけた鈴音が現れる。だが、先程の声とは裏腹にその表情は曇っていた。
「
「大丈夫……やと、ワイは信じとる」
二人は、恵の消えた階段へと目を向けた。