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五ノ章乃壱

 雪葉ゆきはの家から帰ってきた京也を迎えたのは、自宅の留守番電話に録音された蒼一郎そういちろうの声だった。

『――ワイや京坊きょうぼう。〈赤目あかめ〉の居所掴んだで。連絡待っとる――』

 メッセージは、五分前に入れられていた。京也はいまさらながら、蒼一郎に自分の番号を教えていないことに気づいた。慌てて貰った名刺を取り出すと、スマートフォンを使って書いてあるの番号へとかける。

帯刀たてわきや』

 ツーコールで蒼一郎が出た。

蒼兄そうにィ」

『おう、京坊か』

「蒼兄ィ。〈赤目〉の――」

 言葉がうまくでない。口は動くのに声が出ない。京也は自分がしゃべれなくなったような錯覚に捕らわれた。

『そない焦らんでも、分かっとる。ようやっと尻尾が掴めたんや。今から出れるか?』

 この用件より優先するような事項などない。例え予定があったとしてもこちらを優先するに決まっている。

「大丈夫」

『ほな、地下街の入り口で合流や』

「分かった」

 スマートフォンを耳に当てたままの姿勢で、京也はしばらく動かなかった。

 ついにこの時がきたのだ。待ちわびていたチャンスが。

 相手に対する憎しみと共に、不安と恐怖がわき上がって来る。本当に、自分は仇をとれるのだろうか。

「だめだ」

 京也は声に出して言う。そして思う。そんな弱気では駄目だ、と。仇をとれないということは京也の死を意味する。それでは約束を破ってしまう。先ほど交わした雪葉との約束を。何がなんでも自分は生きて――父親の仇をとって帰るのだ。雪葉がいる日常へと。

 京也は慎二との戦いで感じた波動と、流れ込んできたイメージを思い出す。あれは、求める仇の姿ではなかったのか。ならば、慎二は〈赤目〉に操られて自分を襲ってきたのか。

 それは違う気がした。慎二の狙いはあくまで雪葉であり、京也は障害でしかなかった。京也が標的なら最初から接触をしたはずだ。ならば単なる偶然なのか。偶然というより宿命なのかもしれない。どこかで必ず、自分と〈赤目〉は結びついているのかもしれない。

 京也は制服のまま家を飛び出していった。


        ☆


「申し訳ありません」

 打ちっぱなしのコンクリートに包まれた広い空間。暗闇の中に外からの月明かりが差し込んで来る。その中央に〈赤目〉が立っていた。そばには〈焔華〉が片膝をついて控えている。

「お前がついていながら〈風薙かざなぎ〉を失うとは……失態だな」

 底冷えするような声。〈焔華えんか〉の背筋に冷たいものか走る。

「次は必ず……しかし、わざわざ他の街の護法師ごほうしを寄越すとは。この街の護法師は不在なのでは?」

「今日、あの少年に植えつけた核の波動が途絶えた。何者かが少年を始末したか、あるいは核を破壊したか。いずれにせよ、護法の者しわざであろう」

「〈風薙〉を殺した護法師は今日一日、わたしを追いかけていました」

「他にいるはずだ。私の体に傷をつけた護法師が」

 〈赤目〉は残った片方の目に、憎悪をみなぎらせた。

「この忌々しい傷の代償を払わせるために、私は戻ってきたのだ」

 遠くを見つめるようにして〈赤目〉は呟く。と、その顔が見えない何かに気づいたように我に返った。

「……〈焔華〉」

「はっ」

「つけられたな」

「? そんな、確かに振り切ったはずなのに」

 〈赤目〉は〈焔華〉の側に立ち、彼女の赤毛の髪に触れた。指が彼女の髪の中へともぐり込む。〈焔華〉は恐怖に身をすくませた。

 それはすぐに〈焔華〉の髪から離れ、彼女の目の前に差し出される。

 〈赤目〉の指には一本の黒髪がつままれていた。どういう仕掛けになっているのか髪は針のように固く、そして鋭かった。黒髪の先は〈焔華〉の頭部へと潜り込んでいたのだ。

「これは!?」

 〈焔華〉が動揺する。黒髪は明らかに〈焔華〉のものではない。彼女にはいつその髪が紛れこんだのか分からなかった。

「〝印〟だ。〈遠見とおみ〉の連中がよく使う手だ。これを使ってお前を追ってきたのだろう」

 〈赤目〉は針のよう黒髪を壁に向かって投げた。髪はコンクリート製の壁に突き刺さると、本来の性質を思い出したかのようにくにゃりと曲がった。

「これで失態が二つ。〈焔華〉よ、三度目はない。私を失望させるな」

「はっ」

 全身を緊張させて〈焔華〉は言う。額からは冷や汗すら流れていた。

「……行け!」

 〈焔華〉の回りに炎が集まり、彼女の姿を包み込む。炎が消えた後に彼女の姿はなかった。

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